はじめに

  今(こ)の代にし 楽しくあらば 来(こ)む生(よ)には
   
                   蟲(むし)にも鳥にも吾はなりなむ

    
                        大伴旅人 (おおとものたびと)(万葉集)

 
この歌をきいて、外国人はみんな吃驚仰天する。朝鮮・韓国人も中国人も、南の国々の人々も中近東の人々も、欧米人も、死生観は宗教が決める。来世(らいせ)に、尖鋭(せんえい)な関心をもたない人は、まずいない。日本人だけが例外である。だから、日本は無宗教国になつたのか。
                                        
 世界は一つになつたといわれるが、宗教を理解しないと世界の人々と付き合っていけない。宗教によって行いが決まる。宗教が違えば、当然、行いが違ってくる。 しかし、宗教が違っても人間はみんな同じであると思い込んでいる日本人には、ここのところがピンとこない。何も考えないで、どこまでも日本流で押し通すから、外国人はすぐさま面食らって、日本人は奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な人種だから付き合いきれないと思う。日本人は世界で孤立して交流も取引も困難になる。
      
 世界の人々は、この世がどんなに苦しくとも、来世でよいところにゆくために努める。しかし、日本人に限つて、この世が一番よくて来世なんかどうでもよいと独り合点しているのである。
                          
 インド人は、この世の本質は苦であると思っていた。ユダヤ人は、虐殺、追放と迫害の連続であった。だから、優れた宗教を生んで世界諸宗教の母体となつた。仏教伝播の跡をたどつてインドから中国へ来ると、「この世は楽しい」という気持ちが目立つようになつてくる。「人生は皆苦」だとは思わず、自分たちの官僚制がよい制度だと思っている。この世が割合にいいと思って、来世にあまり関心のない中国からは、インドやユダヤほどの宗教は生まれなかつた。

 この世が最高だと思っている日本は、当然、無宗教国になつた。 宗教がないから、カルト教団は簡単に人を殺して勝手に金を奪う。こんなにたやすくカルト教団がはびこれる国は他にない。
        
 宗教がないから、学校は崩壊して、子供たちは自由に人を殺しても平気である。しかも、誰もその理由に気づかない。宗教がないから、経済破綻ぐらいで闇雲に命を絶つので、自殺率は急増中である。

 資本主義もデモクラシーも近代法も、深くキリスト教に根ざしている。キリスト教の理解ができていないから、「資本主義」とは名ばかりの統制経済となり、三権は役人に纂奪(さんだつ)され、近代法は機能せず、政治と経済とは破局へ向けて驀進(ばくしん)中である・・・・。

 この本は、本格的な宗教原論である。各宗教の蘊奥(うんのう)(奥深いところ)から説き起こし、比較歴史的に、どのようにして、これらの蘊奥に達したかについて解明し、現代にどんな影響を及ぼしているのかを論ずる。
            
 キリスト教の「愛」(アガペー)は、真に驚くべき教義である。それは、何千年ものイスラエルの宗教がのぼりつめた「苦難の僕」の教説から発生した。そして、全世界を包み込むほどのエクスタシーを発散し、資本主義とデモクラシーと近代法を生んだ。
   
 仏教の「空」は、人類が到達した最深、最高の哲理であろう。それは、形式論理学、記号論理学をも超越している論理を駆使していることが、最近明らかにされてきた。「空」は、最近の社会科学、自然科学を比喩として用いるとき、初めて鮮明に理解されるであろう。

 イスラム教は、キリスト教が未発達のまま残した不完全な教義を補って完全なものとした。イスラム教では、仏教、儒教、キリスト教とは違って、ユダヤ教徒と共に宗教的戒律、社会規範、国家の法律とが全く同一である。このことは、最高の連帯は何であるか、アノミーを防ぐためには如何にすればよいかを教えてくれる。しかも、この完璧性こそが近代化を阻んだ。近代化への疑問が墳出している昨今、イスラム教の二面性は大きな示唆を与えることになろう。
                                      
 儒教が本当に日本に入ってきたのは、戦後、特に昭和三〇年代以降である。科挙と同型の受験地獄によって日本の教育は崩壊し、官僚制は腐朽(ふきゅう)して、日本は滅亡の劈頭(へきとう)(先端)に立っている。これもすべて、法治であるべき官僚制が人治に堕(だ)したからである。儒教の誤解によって、ことここに至った。
              
 この本に書いてあることは、誰も、考えてもみなかった、予想を絶することであるかもしれない。が、地動説のごとく、精神分析学のごとく、ケインズ理論のごとく、科学的結論は、ときに奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)に見えることもある。
                            
 これらの考察によって、世にはびこる、どの宗教が本物か偽物かがわかってくるであろう。どの宗教があなたをどう救えるかについても考えられるようになることだろう。現在、日本が直面している諸難問にどう対決するかについての示唆を与えることであろう。

                平成一二年(西暦二〇〇〇年)六月   小室直樹

            (情報源:日本人のための宗教・原論・小室直樹著 徳間書店、¥1,800)