アーノルド・トインビー博士と松永翁の世界観
 
世界がだんだんと統一の方向に向ってまいりますにつれ、 まず最初にイニシャテイヴをとりましたのは西欧でありました。そして世界の 人々の生き方が、共通のものへとなりつつあるのでありますが、 それはあくまでも、西欧という いわば枠組のなかにおける共通性であったのでございます。 しかしながら、将来を展望いたします際には、世界人類が統 一されるということが西欧の枠組のなかにおいてのみなされて いいとは思わないのであります。

むしろ、将来においては、こ の地球に存在いたします全人類の、あるいはすぺての文明が、 この新しい統一された世界に対して貢献、寄与をなすべきであ る、またそうであろう、と考えております。私がまだ大学の学 生でありました頃には、世界を支配すると申しますか、支配的 な勢力を世界においてもっておりましたのは、たしかに西欧で ありました。しかし、この西欧による支配というものは、長い 歴史を考えてみますと、つい最近の出来事でしかないのであり ます。たまたま近代的な科学技術を西欧が他に先がけて発見を したということの故に、西欧による支配が存在をしていたにす ぎないのであります。私はこの西欧による支配は、非常に短い ものであろう、短命でしかないであろう、というふうに考えた のであります。やがては非西欧の国々も近代的な科学技術を手 に入れるであろう。そうすれば、西欧による支配は、やがては 消え去っていくものではないが、というふうに考えました。 ・・・・・・

 日本について私の予測を申しあげるならば、日本は過去一世 紀、明治維新以来、国運にいろいろな変化がみられました。非 常にたくさんの成功をおさめられましたけれども、また同時に 若干の失敗をも経験しておられます。しがしながら、将来につ いて言うならぱ、われわれが今やまさにそこに入ろうとしてい る新しい世界において、日本が指導的な役割を果される、その ための素地は充分にできている、と私は思います。

アジアの偉大な国のなかで、非常に不安定で、まだ将来をト するに至らない国は、中国とインドであろうと思います。現在 の段階におきましては、中国よりもインドのぽうが、むしろ安 定をし、また秩序も立っているように見えるのでありますけれ ども、しかし、こと将来の間題になりますと、私はインドは非 常に大きな困難に逢着するであろうと考えておるのであります。 なるほどインドは近代国家としての装いを身にまといました。 しかしながら、例のカースト制度というものは、いまだに根強 く生き残っております。・・・・・・

 日本の皆さんは 、世界でも最も読み書き能力の普及度が高く、また書物を非常に よく読む方々でいらっしゃる。その日本の皆様方に、私のささ やかな仕事を紹介してくださった。そしてそれが幸いにして迎 えられているということは、とりもなおさず、私の仕事が非西 欧の人々にも多少の意味があったことの証左であろうと思いま して、私は大きな喜ぴとしているのであります。 この人類の住む全世界が一つになっていきますためには、ど うしてもお互いがよく知り合うことが必要になってまいります。 そして、非西欧の皆様方が、まず最初にこの世界を一つにする という運動に先鞭をおつけになったわけでございます。

つまり、 西欧についてもっとよく学ぼうという意欲を示されることによ って、皆様方は全人類統一への仕事を始められた。さてそれか らはわれわれの番である、というのが、西欧人としての私の感 じでございます。われわれが、非西欧的の文化的な遺産を学ぶ ことによって、はじめて、人類の希求するところの家族へと近 づいていくことができると思うのでございますo その意味におきまして、松永さんのたいへんなご労苦に対し、 また松永さんをたすけて私の著作の翻訳に当たられました先生 方に対して、心からのお礼を申しあげたい。たいへん大著であ りますために、ご苦労がおありであったろうと思います。