壱岐ルネッサンス完遂
http://sigin.sakura.ne.jp/IkiRenaissance/ikihtm/GenkoEki5.htm
壱岐ルネッサンスは、”恨みは恨みを生む、恨まないこと”’という仏教の真理を思い起こし元寇の役の犠牲者の慰霊をすれば・・・と発想され始まりました。これは、日本が独立するときに現スリランカの外相がこれを引用して演説をして、参加国の大喝采を得てサンフランシスコ講和条約が締結されたというエピソードが基になっております。去る、平成27年4月16日来島から4月20日離島までの五日間でモンゴル国の歴史見直しの一環として、元寇の役の全ルートを歩き、テレビ映画作成チームが訪島して壱岐ルネッサンスは完遂しました。それにかかわった壱岐人の一人として感慨深いものがあります。詳しくはインターネットをご覧ください。http://sigin.sakura.ne.jp/IkiRenaissance/ikihtm/MongolShuzai.html

壱岐ルネッサンスが発足するや否や、モンゴル国に招聘の旅が計画され、壱岐人3人が同行して、訪れたモンゴル国の首都、ウランバートル、そこに鎮座するチベット仏教最大のガンダン寺を訪問。一同緊張しつつも官長猊下の貴賓室での会見がすべての始まりの感がしております。猊下のお言葉”それは素晴らしいことです。壱岐に行きます”と即断即決された事からすべては始まりました。

以後は、フレル・バータル駐日特命全権大使のお計らいで外務省、文部省、国会副議長表敬訪問、市内観光(日本人墓地)、マンジュリヒード、チベット仏教の聖地訪問等、すべて感動的な出来事で、壱岐ルネッサンスの心がモンゴル国に伝わったと実感した旅でありました。加えて、コンチクムムラ音楽学校の教授根岸氏のご協力なくしては実現できなかった面も多々あり、壱岐ルネッサンス目的達成に必要な情報を寝食を共にしながら親身のお世話を頂き感謝・感動を新たにした旅にもなりました。今も、情報収集には何かとお世話になっております。

壱岐ルネッサンスはタナガオ神社と石田の憩いの広場で行われました。二回目は伊勢の水屋神社、三回目は韓国ソウル郊外の奉先寺で行われました。そして、モンゴル国ガンダン寺で元寇の役とノモンハン事変の犠牲者の合同慰霊・鎮魂祭が行われました。その時のモンゴル国の反響は先般、テレビ番組取材の下見に来られた時のフレルバータル大使のお言葉にすべてが包含されていると思いました。即ち、感謝、関心・希望=
http://sigin.sakura.ne.jp/IkiRenaissance/ikihtm/MongolShuzai.htm です。

そして、この度の国を挙げての元寇の役の全ルートをテレビ映画取材の途中壱岐で壱岐市長・関係者、と取材人との懇親会.それに
出席するために当日壱岐に来られ、モンゴル国の招待による懇親会が盛大に挙行されました。大使の並々ならぬ意気込みを感じた次第です。


その時の大使のご挨拶が壱岐ルネッサンスの集大成に相応しいお言葉に満ち満ちておりました。小さな夢と大きな夢と題して語られました。小さな夢は、モンゴル国の歴史の見直しができたこと、モンゴル国と日本国の絆が深まり国民の間にも関心が高まっていると話されました。大きな夢は、国交樹立40周年を迎え、更に両国間の関係を深めていくということがモンゴル国の国是である。特に、1992年の独立時における、日本国の援助は国民あげて感謝しており、未来に向けてこの精神を相携えて国際社会に貢献して行きましょう。

具体的には1)相互理解 2)国益相互補完・経済交流 3)人材交流 4)国際舞台での協力、プロパガンダに惑わされることなく、日本の戦後の反省と平和路線を断固支持する。 5)戦後70周年に対する日本国の動きを支持し応援する。そして、世界の見本となるような二国間関係を構築したいとも語られました。また、モンゴル国大使館主催の各種セミナーを計画されているそうです。情報が入り次第追って、お知らせいたします。

終わりに、壱岐ルネッサンスに対して島民の方々のご支援、ご協力に心より感謝申し上げます。壱岐ルネッサンスの究極の目標は「地球平和祈願」でした。少々飛躍しますが、モンゴルの地球のおへその山(名前は不詳)から、壱岐の岳の辻の頂上から壱岐ルネッサンスのポスターに乗って地球平和のメッセージが全世界に飛んで行っている・・・・。と。有難うございました。

https://youtu.be/qxBvgRKmKYk