チベツト族の秘境を行く 上 "シャングリラ"
「一妻多夫」当局は否定 男性労働力を確保/分家による財産分与回避
中国西南部、雲南省のシャングリラ県(観光振興のため桃源郷を意味するこの言葉に県名を改称)から、さらに車で15時間かけて雪山を2つ越えた所に、目指す徳欽県はあった。標高約3300m。チベット族から「神の山」としてあがめられている「梅里雪山」の山懐に抱かれている。
4月2日、同県開谷村に住む主婦のアパウさん(48)は、3人の夫に朝食を用意するため、午前6時前から厨房に入って忙しく立ち働いていた。7時までにトラクター運転手をしている最年長の夫(引)を村の寄り合いに、2番目の夫(50)をヤクの放牧に、3番目の夫(43)を工事現場にそれぞれ送り出さなければならなかったからだ。嫁いで来て31年この方、アパウさんの毎日は、3人兄弟でもある夫たちの朝食作りから始まっている。「3人の夫を同じように愛している」と言うアパウ、さんは一妻多夫の家族構成について「先祖代々、同じ暮らし方だから、何の違和感もない」と語り「夫が3人もいると、毎日、いろんなことが起きて話題が尽きない。夫婦げんかする暇もない」と笑った。
2男2女計4人の子供をもうけ、戸籍上は全員、最年長の夫の子にした。「長男は彼の子であるのは間違いないが、下の3人はどの夫の子か分からない」と言って少し顔を赤らめた。村は9戸から成る。一妻多夫世帯はうぢ5戸で、周辺数十カ村と同様、約半分の割合だ。アパウさんの長女、アヨンマ(29)によると、漢族の生活習慣が近年は、徐々にこの地域にも入ってきており、一夫一妻の世帯が増えている。県立病院に勤めるアヨンマさんも夫は1人。「私は公務員だから、複数の夫と結婚するとクビになってしまうから」と説明する。
一妻多夫婚は、チベット族の間で古くから伝わってきた。兄弟たちを夫にするケースがほとんどながら、友人同士、叔父とおいで一人の妻を迎える例もある。この風習は、チベット族が住む3千m超という高山の厳しい自然環境と深い関係があるとされる。耕作、放牧可能地に限りがあり、農耕と牧畜を兼業せざるを得ないから、男性労働力が複数、必要になった。相続による財産分与で土地が細分割されて、兄弟全員が生活を維持できなくなる事態を避けるため、分家せずに1人の妻を持つようになったともいわれている。2人の夫を持つタクシー運転手のブッホさん(36)は、「ここでは夫の数が多ければ多いほど、生活が楽になる」「私も4人兄弟に嫁いでいれば、今のように働かなくてすんだと思う」などと言って、笑った。
チベット族は一妻多夫婚を伝統的風習と当然視しているものの、地元当局はタブー視しているようだ。徳欽県外事招商局の幹部は産経新聞に「一妻多夫婚は古い習慣で、解放(1949年)以前はあったかもしれないが、一夫一妻と定められた法律がある今ではないはずだ」と答え、記者(矢板)がチベット入村に入ることも阻止しようとした。
中国メディア関係者によると、一妻多夫の話題の報道は国内では厳しく禁じられており、これを取り上げたある北京の雑誌は、編集長が更迭されたという。チベット事情に詳しいある中国人女性ジャーナリストはメディア規制の理由について、「女性の貞操観念が強い漢族のモラルでは、一夫多妻は容認しても、一妻多夫は不道徳だと見る傾向がある。報道でチベット人への差別が増え、民族対立が深まることも当局は警戒している」と説明。「当局は今のところ、一妻多夫婚を実質、黙認しているが、本音ではこの風習を異質なものと思っている。漢化教育などを通じてやめさせようとしているのは事実で、なくなるのは時間の問題だろう」とも話している。
秘境の一つとされる中国雲南省の迪慶チベット族自治州徳欽県を訪ねた。青海省の玉樹チベット族自治州を大地震が襲う少し前である。徳欽県で暮らす人々の生活、伝統文化や信仰の現状と変化を報告したい。(中国雲南省適慶チベット族自治州徳欽県矢板明夫、写真も)
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