明治時代の禅僧に、竹田黙雷(たけだもくらい)という人がいました。 この人の祈祷法というのが凄まじいのです。他の宗派から見ると、罰当たりと言っていいかも知れません。こんな具合です。
「さあ、八百万の神々よ、おれの言うことを聞け! 俺の言うことを聞けば尊敬してやるが、もし聞かなかったらただではおかない ぞ! 神々の奴隷ども、なにをぐすぐすしておるのだ! 十分の守護もせずにそれで役目が立つと思っているのか! おれが主人公でお前ら神々はおれの家来だぞ! 主人の命令を守らない神々ならば、どんどん放逐してしまうぞ!」 祈祷というよりも、ほとんど脅し、恐喝に近いものがあります。それも脅しているのは神々ですからね。ところが、罰が当たるどころか、これで実際霊験あらたかな名僧だったというのですから、凄い話ですよね。 八百万の神様を・・・「政治家」「我が家の上様」「上司」「タックス・イーター」に変えて読むと・・・・納得できそうですねえ!松永翁も怖い人の一人になっているという・・・。 情報源:ヤフー検索 黙雷には、こんな話も伝わっています。ある臨済宗の寺で、大法会が催されたときのことです。予想より多くの雲水(千人以上の修行僧)が集まり、食料が足りなくなくなってしまいました。 すると、 黙雷は台所に守護神として祀ってあった韋駄天尊を荒縄でグルグル巻きに縛り上げ、「貴様がぐずぐずしておったから、こんな始末になったのだ!」と、その韋駄天像を打ち叩きはじめたのです。すると、間もなく、全国から新しいコメなどの食料が送られてきたといいます。 なんか、神様が可哀相にさえなってくる話です。 禅宗というのは、基本的に現世利益の祈祷や呪法は行わない(建前として)。あくまでも『坐禅』による修行を第一にしていますから、祈祷法らしい祈祷法はないと言えます。 ですから、こういった物凄い祈祷が行われることもあったようです。怨霊を退散させるのも、「喝ーッ」の気合い一発です。有り難みはあまりないように感じますが、霊験は格別のものがあったようです。その人自体に力が在れば、方法はなんでもいいということなのでしょう ね(^^)(naku) |