私の旅と一の宮  島根県 タステイン・キッド
 兵庫県出石町でお城祭があるので友達の所に遊びに行きました。その晩、大好きなすき焼きパーティをし、そこに出石町の英語指導助手のShannonというワシントン州出身の人が遊びに来ました。私の旅の全国一の宮巡拝の話をしました。彼女は神社や神道について興味があるといって、詳しく話をしました。
 出石神社に行ったことはないというので、昔の国や一の宮のことを話しました。そして 『全国一の宮御朱印帳』 を見せました。彼女は朱印帳を見て、「これは面白いですね」といい、自分もできる範囲で一の宮を巡拝してみたいと言いました。私は 「何でも協力します」といったら 「その御朱印帳はどこで手に入いる?」と聞かれました。「明日、出石神社で聞いてみます」 翌朝、豊岡市の中嶋神社に参拝し、出石神社によってみましたら七五三で結構忙しかったけれど、長尾祢宜さんに訪ねたら、「わかりました。準備しておきます」と親切に答えてくださいました。
 後でShannOnさんに電話してみたら、「日本人の友達と一緒にいったから問題なかったよ。とても親切にされ七五三の行事まで見ましたよ」。 彼女に 『諸国一の宮』 を勧めましたし、その内容を英訳して一の宮巡拝をしやすくしたいと思います。これからも協力してあげたいと思います。


毎月−日はお参り     金沢市 浅妻 明徳
 幼少の頃より祖父母・父母が信仰心篤く、今日まで四十八年、生を受け至って居ります。石川県鶴来白山神社に毎月必ず一日お参りして今日に至って居ります。家内安全、健康、仕事に全力全心投球で幸な家庭も築いております。
信仰心の大切さ、益々重く感じ入る今日この頃です。感謝・報恩、感動、今白も白山様参拝後、自宅にてこの手紙を書いて居ります。

熊野古道を歩く   愛知県  大谷 武司
 全国一の宮を一年間でバイクで巡拝完拝し、御朱印帳を家宝にしています。こんどは熊野古道を歩いて巡拝を心掛けています。 尾鷲から熊野市まで見事三十数キロ歩きました。二日目が疲労で大変でしたが、西国三十三所で一番の難所「八鬼山」が初日だったので後は比較的楽でした。歩きながら疑問が沸きました。 
なぜこんなに行き倒れ者が出たのか。
回答 多分、村や郷の浄財を集めて、代表して巡拝の旅に出るために我々のようなハイキング気分とは異なって、使命感や責任感が先へ先へと急がせ、少しでもお金を使わない様に、また病気をしても無理をしたのでは無かったかと思われました。
立派な鎮守の森を持った神社が多いのに式内社が少ないのは
回答 このことについては、太古から鎮守の森を持った神社や花の窟神社のように日本書紀にもある神社が存在するにも関わらず謎です。


一の宮巡拝のすすめ   東京都  大竹 武三
一の宮巡拝のすすめに対する努力、すべてが神の力と、私なりに解釈しております。
 また小説 『橘三喜』 興味深く読んでいます。江戸時代初期に諸国の一の宮を巡拝し、その記録を後世に残したこと
は敬服します。大学のとき古神道の講義を受けましたが、ただ自然の美しさは、そのまま感じとっております。