小泉首相きょう中央アジア歴訪 : ウズベクに息づく「日本人」 : 勤勉な抑留者、インフラ築く

 中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタンを28日から歴訪する小泉純一郎首相は、かってのソ連の一角を占めたウズベクに息づく「日本人伝説」にも触れることになる。第二次大戦後、日本人抑留者たちが残した「遺産」への感謝の思いは、今もウズベク国民の心に宿り続けている。

 今回の外遊では、豊富なエネルギー資源ゆえに国際社会の熱い視線を浴びるカザフ訪問にスポットが当てられがちだが、首相の足をウズベクにも向かわせる大きな理由があった。 ウズベクには大戦後の1945年から46年にかけ、極東シベリアから約2万5000人の日本人が強制移送され、13の収容所に分けられ過酷な労働を強いられた。にもかかわらず抑留者たちは、「日本人は素晴らしい」というイメ−ジをウズベク国民に植え付け、親日感情が強い中央アジア諸国の中でも日本人への好感度は飛び抜けている。

 その源であり、ユーラシアで語り継がれている「日本人伝説」のシンボルが、約500人の抑留者がタシケント市に2年がかりで建設したナボイ劇場だ。 捕虜という厳しい環境下で抑留者は勤勉に徹し、当時の地元民に敬意を表された。66年の大地震でタシケント市内の多くの建造物が倒博した際も、この劇場はビクともせず、.「日本人の建物は堅固だ」「日本人の建築技術は高い」という評価が定着した。

 96年にカリモフ大統領の指示で、壮麗なナボイ劇場には日本人抑留者の功績を記したプレートが掲げられ、ウズベクの日本人に対する尊敬と感謝の思いが名実ともに歴史にとどめられている。日本人抑留者の「遺産」はナボイ劇場にとどまらない。日本人がつくった水力発電所や運河、道路などが国内の至るところに残り、ウズベクのインフラを支えている。

 中山恭子元駐ウズベク大使は在任中に、いまも国民に電気を供給している水力発電所の建設を仕切った元現場監督に会った。この人物は、まじめに、そして懸命に汗を流していた日本人抑留者たちの思い出を涙ながらに語ったという。′小泉首相は30日、異国の地で死亡した813人の抑留者の一部が埋葬されている「日本人死亡者慰霊碑」と「日本人抑留者記念碑」に花を手向け、ナボイ劇場に立ち寄り「日本人抑留者たちに哀悼や感謝の気持ちを伝える」 (首相周辺)という。     (高木桂一)産経新聞平成18年8月28日(月)