産経新聞(H17.4.20)
平和主義説き 離日
今月八日に来日したチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ十四世が十九日、離日した。十二日間の滞在中、関心は中国に「分裂主義者」のレッテルを貼られたダライ・ラマの発言に集中したが、ダライ・ラマは淡々と平和主義を説くにとどめた。中国の過激な反日デモが国際社会の憂いを招く中、非暴力を訴えて中国との和解を目指すダライ・ラマの存在が、図らずも際立つ形となった。(長谷川周人、写真も)

全アジアの戦没者のために法要を行うダライ・ラマ。後方にはチベットの「国旗」が翻った=13日、熊本県玉名市の蓮華院誕生寺

平和主義説き離日

ダライ・ラマ淡々と12日間「政治的な質問をした方は退場をお願いします」。十四日に石川県入りしたダライ・ラマの記者会見の冒頭、受け入れ団体側がこうクギを刺し、過敏な反応に「言論弾圧」との批判を集めた。この遠因となったのが十三日の熊本における会見で、記者の関心は「政治発言」の有無に集中し、質間は対中和解に絡む内容に終始した。

中国が「訪日の政治的意図は明確だ」(崔天凱・中国外務省アジア局長)とし、日本政府も「政治活動の自粛」を入国条件としたためだ。しかし、ダライ・ラマは従来の主張を繰り返すにとどめた。「われわれの主張は(中国からの)独立ではなく、自治権の拡大だ」。自らの立場を明確にこそしたが、突っ込んだ質問には「訪日目的は宗教曲、教育的な交流だ」とかわした。公の場で行われた計七回の法話や講演でも、チベット仏教の最高指導者としての立場を貫いた。東京・国技館での講演は「他の価値観を受け入れて広い視野を持てば、心は静まり争いも減る」と語り、言外に和解推進を中国に呼ぴかけたが、政治的な表現は排した。

舞台裏で繰り広げられた神経質な対応は、来日前から始まっていた。関係者によると、ダライ・ラマの入国が認められる前の今年三月、中国外務省は熊本県などに担当者を派遣。受け入れを断念するよう圧力をかけた。これに対し県側は、中国側の要請を「(趣旨は)聞き置くが、受け入れ決定をねじ曲げれば、地方自治の主体性が問われる」と突っばね、受け入れの方針を貫いたという。

一方、滞在中に期せずして中国各地で過激な反日ヂモが発生。治安当局が投石などの暴力行為を黙認するなど、「官製デモ」をにおわせ、一党独裁下にある中国が抱える問題の深さを改めて浮き彫りにした。ダライ・ラマは熊本の会見で反日デモに言及し、「全体主義の中で情報の自由がないため、さまざまな困難を生み出す」と中国の現体制をやんわり批判。暴力行為への謝罪をも拒む中国の強硬姿勢に疑問を呈し、対話路線によるチベット問題の平和解決に理解を淡々と訴えた。