オピニオン 話の肖像画 産経新聞:H21('09)4.21
ものづくりが日本を救う 岡野工業社長 岡野雅行(おかのまさゆき)(76)
上 辛抱で身に付く芸の道
昭和8年(1933)年2月、東京・東向島生まれ。76歳、高等小学校中退。家業の金型工場を継ぎ、独自のプレス加工や量産プラントなどを研究。従業員5人の小規模工場ながら、従来のプレス技術では不可能とされてきた「リチゥムイオン電池ヶース」や「痛くない注射針」の開発で"世界の岡野"として脚光を浴びる。著書に『人生は勉強より「世渡り力」だ1』など。歯にきぬ着せぬしゃべりから講演でも活躍。
「まじめにコツコツやる人間がバカをみる世の中はいつかは滅びるよ」。世界シェアー100%を誇る「痛くない注射針」などの開発で"ものづくり・日本"の底力を世界に見せつけた"江戸っ子職人"が混迷する日本をしかる。
⇒ 昨年11月、参院が発行する「立法と調査(別冊)」でもユニークな提言を
岡野 そう。「国家公務員制度改革とキャリアシステムに関する意見調査」だろう。官僚のキャリアシステムなんかこの時代、おかしいと思わないかってね。お勉強ができて難しい試験を通ってきたからといって、財務省なら30歳を過ぎれば税務署長だろう。自分の父親みたいな経営者が相手の"お代官さま"で、下にも置かない扱いを受けるわけだから勘違いするに決まってるよ。国益より省益、そして天下りなど、自分のことしか考えない官僚が育つのは当たり前だよ。
⇒ その通り
岡野 上がそんなんだから、一般職員にも公僕意識なんかありゃしない。労働組合を盾に、ラクしてサボることしか考えない。だから社会保険庁なんか上から下まで長い間、インチキやってこられたんだ。国民をバカにすんのもいい加減にしろってね。
⇒ 本当にひどすぎる
岡野 中小企業に対してもそうだよ。イジメ過ぎだよ。技術立国だの大国だのといったって、日本から町工場がなくなったら日本は滅ぴるんだ。技術開発で苦労してさらに資金繰りでも苦労させられてさ。今回の総額2兆円の給付金だって、その1割の2000億円ぐらい、(東京の)大田区や墨田区など「ものづ
くりの中心地」を応援したらどうだよ。生き金か死に金か、そこんとこがお役人にはわからない。だから日本ではベシチャーが育ちにくいって言われるんだ。失敗は成功の元、七転び八起きって言うだろう。
⇒ 目先の判断が多い
岡野 それは官僚に限らず日本の今のエリートの欠点なんだよ。彼らは、受験問題で勉強してきているから、模範解答のある問題には強いが、解答のない、未知の問題にはどう対応していいかわからない。"頭はいいけど、利口じゃあない"ってやつだな。しかも、度胸がないから難問はいつも先送りじゃないか。どんな問題でも自身で考え、解決しようというチャレンジ精神が必要なんだよ。
⇒ その好例が痛くない"注射針"
岡野 そう。蚊の口吻(口さき)と同じ太さの注射針な。それまでの注射針は、細いパイプを切断してつくっていたんだけど、先端が200マイクロメートル、根元は350マイクロメートルと、細いだけじゃあなく、液がスムーズに注入できるよう先端と根元の太さに差をつけるとなると従来の方法ではできない。そこでオレは「じゃあ、1枚の薄い板を丸めたらどうなんだろう」と考えてね。試行錯誤の連続、大変だったよ。
⇒ そうでしょう
岡野 口紅のケースやライターなどに使う"深絞り"という技術で小型化、軽量化に成功したリチウムイオン電池のステンレスケースもそうだった。携帯電話の普及に貢献したけど、膨大な工程があって図面を描いたってその通りにはいかない。結局、アドリブでやったらうまくいった。未知の世界ではまず「直感」。最初からマニュアルや図面があるなら誰も苦労はしないって。
⇒「直感」ですか
岡野 音楽でいうとジャズのアドリブのようなものだな。だけどそれはしっかり積み上げた基礎と失敗を含めた多くの経験がなけれぱ出てこない。人間、一人前になるには20〜30年かかるけどその間、しっかり他人さまや親方などの仕事を見て覚え、そのうえで自分なりの工夫と失敗を繰り返していれば、自然に直感が生まれる。落語じゃあないけど、「泣き笑い辛抱で身に付く芸の道」だよ。
⇒ うまい
岡野 だからオレは今時の若い人が心配なんだ。パソコン、パチャパチャやって額に汗せず、金もうけするのが格好いいみたいなのがいるだろう。人間、額に汗して働くことや、ものづくりを忘れて、楽な金もうけに走ったらおしまいなんだよ。(押田雅治)
⇒ 日本の危機に対策は
岡野 特効薬なんかないよ。まして日本は少子高齢化や若者の学力低下、犯罪そして新興国の追い上げなど、前例のない問題ばかりで大変だ。しかも模範解答しか知らず、しかも「世渡り力のない"エリート"じゃあどうしようもないよ。
⇒ 「世渡り力」?
岡野 間題解決のための「入と情報のマネジメント力」ってやつよ。いい例が暗号を解読され、日本軍が壊滅的な損害を受けたミッドウェイ海戦だ。どんなにパイロットが優秀だって、多勢に無勢で待ち伏せ攻撃されたらおしまいだろう。政治や外交なんてのは、どれだけ情報を集め、把握し、どう活用するかなん"だ。そこには国の運命がかかっているんだからな。それでなくても日本人は、"日本人10人でユダヤ人11人と対等"といわれるくらない甘い民族だろう。そのユ寸ダヤ人だって"ユダヤ人10人で華僑1人と対等"といわれるほど世界には老獪な力連中が多いんだから。
⇒すごい比楡ですね
岡野 ぺーパーテストの成績でなったエリートの能力なんか社会に出てみないと分からない。昔、"何とかしゃぶしゃぶ"でイチコロの官僚がいたけど、"百戦錬磨"の接待する側からみれば、そんな官僚なんて赤子の手をひねるようなもんだよ。世の中はまさに伏魔殿なんだから。
⇒企業も同じでしょう
岡野 そう。町工場のおやじだって同じだよ。どんなにいい腕をもっていたって、業界や技術などの情報を早めにしっかり把握しておかないと大変なことになっちまう。ちょっとした情報不足で倒産だよ。
⇒厳しい
岡野 そう。技術で一人前だってダメなんだ。経営者として自分のノゥハゥを守りながら、人にかわいがられなければいけないし、半面、言いにくいことも言って、ヤナやつをギアフンといわせるテクニックもなきゃいけない。「世渡り力」がなければやっていけないんだよ。(押田雅治)
下 慌てず、焦らず、あきらめず
⇒ これから、日本はどうしたらいいですか
岡野 やはり原点に戻り、一人一人まっとうな道でまっとうに生きるということかな。
⇒ まっとうな道と生き方
岡野 他人さまや社会のお役に立ち、喜ばれる仕事に精を出し、家庭を大事に誠実に.生きるってことだよ。オレはただの町工場のおやじだけど、オレの注射針で、毎月毎日、インスリンの注射で苦しんでいた糖尿病の小学生から「ありがとう」といわれたときは本当にうれしかった。人生で最高に感動した瞬間だったな。
⇒ いい話です
岡野 それはやはりおやじとお袋のおかげだな。人によって違うだろうけど、オレの場合、小さいときからお袋に「お前は勉強できないんだから手に職をつけろ」っていわれてね。悪ガキで、今の学制なら中学中退のオレが、おやじの跡を継いで職人になれた。うちのおやじは寡黙でまじめな男だったけどオレはそんな両親がいたから一人前になれたんだ。だから今でもおやじの遺言を守ってるよ。
⇒ 遺言?
岡野 国は信用するな、銀行はアテにするな、保険に入るな、他入の保証人になるな、会社は大きくするな一の5つ。他人をアテにせず、まず自分がしっかりしろっていう教えだろう。だから親ってえのはただ勉強、勉強って言うんじゃなく、何に向いているのか、子供の能力を見つけてやることが大事なんだよ。
⇒ 今の時代は難しい
岡野 そんなことはない。それは今の親が悪い。シッカリしていないからできないんだよ。親がちゃんと道を敷いてやらなきゃダメだよ。子供は遊ぴでも何でもいろんなものに興味を示すし、向かないものはすぐ飽きる。だから子供が選んだものは応援するんだ。子供は、興味のあることは誰でも夢中になり自分から勉強するだろう。「鉄は熱いうちに打て」って。
⇒ 確かに
岡野 それには何でもそうだけど、何事も「慌てず、焦らず、あきらめず」、地べたに足をしっかり踏ん張り、まじめにやれば、必ずいい結果が出るって。仕事だっていい仕事をすれば、次にまたいい仕事がくる。どんなに迷い失敗したって、最後に成功すれぱいいんだから。(押田雅治)
おわり
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