産経新聞平成20年(2008年)10月6日 月曜日
「新脱亜論」で訴えたかったこと  拓殖大学学長渡辺 利夫
歴史はすべて現代である
 日本の近現代史に関する資料は、現在では歴史学者の専有物ではない。書店にいけば各社から発行されている歴史資料集がいくつも手に入る。歴史事典・辞書、人名辞典、年表なども随分充実している。大手の新聞であれば創刊号から現在までの記事をDVDで読むこともできる。日本の歴史、特に開国維新に始まり第二次大戦敗北にいたる近現代史については、これを十分に理解しておかなければ現代そのものがわからないという思いはかねて強く、時間をみつけては文献を漁っていた。しかし購入した研究書のはとんどは、いまなお自虐史観というのか東京裁削史観というのか、そういう立場から書かれたものがはとんどである。冷戦崩壊から十数年、日本の国際環境はまつたく変わってしまったのに、そんなことはまるでなかったかのような装いなのである。「歴史はすべて現代である」。歴史は今という時点に立ち過去を振り返って今をよりよく生きる指針を得るための知的営為である。歴史学を学ぶものの問題意識はつねに現代でなければならない。不変の歴史などあるはずもない。そう考えて専門家ならぬ私も、既存の日本近現代史の「権威」の著作から身を離して、みずから原資料を読み込み日本の近現代史を「再編集」してみようと思いを定め『新脱亜論』(文春新書)を上梓した。本書に寄せた私の思いをまとめれば次の3つくらいになる。

日清・日露戦前夜に酷似
 
一つは、現在の日本を取り巻く極東アジアの地政学的状況が、開国維新から日清・日露戦役開戦前夜のそれと酷似しているという観点である。中国はもとより韓国、北朝鮮、そしてロシアまでが日本に挑戦的外交をもってのぞんでいる。中国、韓国の反日政策はもはや「構造化」されてしまったかにみえる。中国は核ミサイルの照準を日本に向けている。北朝鮮はミサイルを完成し、これに搭載可能な接弾頭の開発に躍起である。照準は日本である・拉致被害者の数は数百人に上る可能性ががある。日本は竹島の不法実効支配という屈辱を韓国から与えられている。にもかかわらず、日本政府は集団的自衛権行使についての旧来の解釈を変えようという気概がない。

インド洋での給油支援活動の継続すらあやしい。PKO(国連平和維持活動)においてはG8(主要先進8カ国)だけでなく中国、韓国の後塵をも拝している。現在の日本人の安全保障認識は、この厄介な国際環境に取り囲まれながら、いかにも安穏なのである。ならば、開国維新から日露・日露戦役開戦前夜において日本の政治指導者やオピニオンリーダーが当時の緊迫の国際環境をいかに認識し,この認識に立っていかに行動したのかを記して、これを目下の日本の外交のありように対するアンチテーゼとして突き付けてみたいと考えたのである。

友邦とすべき相手を選ぶ
 
2つめは、こうである。往時においても現在においても日本が独力で自国の安全保障をまっとうすることはできない。とすれば、日本はどういう国と手を組んだ時に成功し、どういう国に関与した時に失敗したのかを近現代史の経験の中から学んでおかなければならない。日本は誰を友としていた時に平穏を保ち、誰と付き合つた時に辛酸を嘗めさせられたか。 事実を顧みれば、わが国は日英同盟や日米同盟、つまり英国や米国などアングロサクソンの海洋覇権国家と結んでいた時代に幸福を手にし、中国やロシアといった大陸国家への関与を深めた時が不幸な時代であった。どうしてそうなったか。そこが理解できれば、日本の将来の安全保障の方向性に大きな示唆を得ることができるのではないか。

 
3つめは、「ヒストリカルイフ」つまり歴史的な「もしも」にかかわる。日本が日清・日露戦役に敗北していたらという「イフ」である。仮に日本がいずれかに敗れていたならばまずは清国、次いでロシアの「属邦」に陥っていた蓋然性はきわめて高い。 現在の中国は南シナ海の制海権を握り、東シナ海の内海化を目論んでいる。これに成功するならば、そして日本が集団的自衛権行使に踏み切れないのであれば、尖閣諸島はもとより、台湾の保全も危うくなり、日本を含む極東の全体が中国の事実上の支配下となる危険に晒されようよう。

 国力と軍事力において圧倒的に劣勢であった日清・日露戦役時の日本が、それにもかかわらず勝利したのは何ゆえか。指導者の徹底的に怜悧な状況認識と果敢な戦略にあったとみて間違いない。明治のリーダー達の戦略に学び、これを現代に生かす道を探るという知的営為がいまほど必要な時期もあるまい。  (わたなべ としお)

右でもない、左でもない常識ある日本人の憂国の意見と思う。