〈壱岐市〉発足記念特集
私と壱岐
壱岐は私のこころの古里
素晴らしい自然を大切に
作家 高樹 のぶ子さん


 「壱岐市」発足記念特集の一環として、壱岐とゆかりのある作家お二人にご登場いただいた。壱岐を舞台にした「波光きらめく果て」の小説・映画化の原作者で芥川賞作家の高樹のぶ子さんと、わが郷土が輩出した電力王・松永安左エ門翁の伝記「爽やかなる熱情」を著した作家の水木楊さん。
 お二人とも壱岐を訪れて大変親しみを感じ、超多忙の中、示唆に富むお話と暖かい励ましのメッセージをいただくことが出来ました。(聞き手 東京雪州会幹事長・日本記者クラブ会員 牧山康敏)

  
◇  ◇  ◇  ◇
Q:
・・高樹先生が壱岐の島と係わられるようになったそもそものきっかけは何ですか。

高樹 
そのお話に入る前に、まず壱岐が来年三月に「壱岐市」として新発足するとい うことで壱岐の皆さん、おめでとうございます。ところで私と壱岐との関係ですが、こ れは意外と古いんですよ。実は私の祖父・高木小一郎は山口県防府市の地主の長 男に生まれましたが、農業を継ぐのが嫌で教師の道を選びました。その関係で壱岐 の郷ノ浦にあった当時の壱岐中学(現壱岐高等学校)で教鞭をとり教頭を務めたの です。それで私の母・高木良子も三、四歳の頃、祖父母と一緒に郷ノ浦で暮らしてい たそうです。

Q:・・おじいさん、お母さんの時代にまで遡るわけですね。

高樹 
ええ、母は現在福岡で暮らしていますが、私の幼い頃、母は壱岐の筒城浜と いう海岸で拾った「さくら貝」の思い出をよく話してくれました。母も三、四歳という何に でも興味を示す時期だったので、この「さくら貝」のことがいつまでも印象に残ってい た のでしょうね。そのうち私も、祖父母の思い出の地でもあるこの島を訪ねてみたい と 考えていました。

Q:・・それで高樹先生が実際に壱岐を訪ねられたのはいつ頃ですか。

高樹 
一九八五年に恋愛小説「波光きらめく果て」という本を文芸春秋社から出しま した。私が「光抱く友よ」で第九十回芥川賞を受賞した翌年のことです。壱岐を訪ね たのは小説の取材で行ったのが初めてです。その小説「波光きらめく果て」が壱岐 の島を舞台に松坂慶子さん主演で映画化されることになり、そのロケが一九八六年 (昭和六十一年春)に壱岐で行われました。私も原作者としてロケに何回か立会いま した。祖父母が一時期住んでいた町・郷ノ浦の「むか井旅館」に泊めていただき大変 お世話になり、その後も時間を見つけては家族と一緒にお邪魔しています。今年は 残念ながら時間がとれず行けませんでしたが。

Q・・壱岐の印象は如何でしたか。自然とか食べ物とか。

高樹 
壱岐の自然は素晴らしい。それに魚料理も大変おいしいですね。小船を用意 していただいて磯釣りなどの経験もありますが、採り立ての小魚料理の美味しいこと 。それに生ウニ、この味はなんともいえない。格別です。壱岐産ならではですね。私 は毎年春に「もずく」を送っていただいていますが、これを冷凍で冷やして一年中い ただいていますよ。

Q・・壱岐の人の人情などはどう感じますか。

高樹 
映画のロケーションの際も何日も泊り込んでお世話になりましたが、皆さん大 変人情が厚くて、気持ちよく接していただきました。その後も何回か訪れていますが 、私にとって壱岐の島は「心の古里」でもあり、島といえばすぐ「壱岐」が浮かぶほど です。祖父母と母が一時期、この島で暮らしていたことも、懐かしさというか、特別の 感慨を持たせるのかもしれません。

Q・・来年三月には、郷ノ浦も含めて四町合併により壱岐市として新発足するわけですが、期待なり注文がありましたらお願いします。

高樹 
壱岐は古来、大陸との海上交通の要衝として発展して、独特の文化を育んで いると思いますが、その歴史的な文化遺産などはもちろん、あのかけがえのない素 晴らしい自然は今後も守っていってほしいですね。いつでも「魂の洗濯」というか、「こ ころの癒し」の出来る憩いの場として訪ねられる島であり続けてもらいたいものです 。自然の環境は一度破壊されると、なかなか元にもどりませんからね。

大変お忙しいところ有り難うございました。
●余滴
 高樹さんは福岡在住である。用件の要旨を説明すると、二つ返事でご快諾いただいた。壱岐の話になると言葉が一層若々しく弾んだ。戦後生まれの女流初の芥川賞受賞作家にしてこの気高さと気さくさ。この雰囲気が多くの「高樹ファン」を惹き付ける魅力かもしれない。
 聞けば壱岐とのかかわりは祖父の時代に遡るという。また母親の影響も大きく、いつしか高樹さんの壱岐への愛着となり小説「波光きらめく果て」とその映画化に発展したといえよう。
 壱岐の先輩の中には旧制中学の教頭を務められた祖父・高木小一郎氏の薫陶を受けた人も多いはず。小説の取材や映画のロケを通して壱岐への親しみを深めた高樹さん、壱岐は「こころの古里」と言い切るほどです。私達、壱岐出身者にとってこれほど心強く勇気付けられる言葉はない。

 余談だが、今年六月末、東京の長崎県人会主催のハウステンポス支援団に、当会の蔵方肇副会長と一緒に参加した。金子知事へ表敬の翌日、ハウステンポスを訪れた際、「精霊流し」の映画キャンペーンで主演女優の松坂慶子さんも居合わせていた。県人会一行はこの映画キャンペーンも激励したが、記念撮影の合間に私が「波光きらめく果ての壱岐ロケでご一緒された高樹のぶ子先生に最近お会いしましたよ」と話すと「あら、あのロケでは高樹先生には大変ご指導いただきましたのよ。

それにしても壱岐はいいところですね。また行ってみたいですわ」と目を皿にしたのが印象に残る。 壱岐の自然の良さや文化・伝統を大切に残し、訪れた旅人が、何度
も行きたいと感じる島であり続けてほしい。
  
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[たかぎ・のぶこ]一九四六年山口県防府市生まれ。六八年東京女子大学短期大学部卒、文学研究会に所属。出版社を経て作家に。「文学界」新人賞候補や芥川賞候補の後、八三年「光抱く友よ」で第九十回芥川賞受賞。戦後生まれの女流として初の受賞となる。八六年には不倫をテーマにした初の長編「波光きらめく果て」が藤田敏八監督、松坂慶子主演で映画化され話題となる。
その後も「百年の預言」「透光の樹」(谷崎潤一郎賞)「満水子」「ナポリ魔の風」など著書多数。芥川賞選考委口貝としても活躍する一方で、国家のあり方などについても骨太の論調を新聞などで展開し、その是非を世に問うている。

現在の筒城浜(石田町役場提供)