内容であったにもかかわらず、教師用指導書で強く推薦されたことから、本多の著書を使用した教員も少なくなかったとみられる。中国の戦時プロパガンダは朝日新聞を介して日本に広まり、青少年の教育現場に浸透していった。

 三省堂発行の高校日本史の教師用指導書(平成元年3月初版)は「追加史料南京大虐殺の証言」として、本多の『中国の旅』から機関銃による住民10万人の殺害などを語った姜根福の証言などを引用している。「解説」欄では、「(旧日本軍の)2人の将校の間で、どちらが先に中国人を100人殺せるかという殺人競争」と書き、いわゆる「百人斬り」を「史実」として紹介した。

 本多は姜が語った話としてこう報じていた。「AとBの二人の少尉に対して、ある日上官が殺人ゲームをけしかけた。南京郊外句容から湯山までの約十キロ。間に、百人の中国人を先に殺した方に賞を出そう。「結果はAが八十九人、Bが七十八人にとどまった。山に着いた上官は、再び命令した。湯山から紫金山まで約十五キロの間に、もう一度百人を殺せ、と」

 姜自身も示唆しているがこれは戦時中に東京日日新聞(毎日新聞の前身)が報じた記事を基にしている。東京日日で2人の少尉の撮影に携わった元カメラマン自身が「あり得ない話だ」と否定している話である。

 毎日新聞自体も元年に発行した「昭和史全記録」で、「この記事の百人斬りは事実無根だった」とかつての自社報道を否定するなど、戦意高揚のための創作記事だったことが通説になっている。

 ところが、「中国の旅」の影響で、この虚構が学校の教室では「歴史的事実」とされてきた。最近では24年に富山県で行われた日教組の教育研究全国集会で、百人斬りを題材にしたこんな「平和学習」の教育実践が報告されている。

 「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました。「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです。百人切りの新聞記事や写真を用いた授業を受けた生徒らは、「中国人は日本からされたことを許せないと思う」「つらい過去と向き合い、立ち向かうことが償いだと思う」などの感想を述べていた。

 朝日新聞が26年に設置した慰安婦報道検証のための第三者委員会では、慰安婦狩りを偽証した吉田清治に関する報道と留時したケースとして、百人切りがこう取り上げられている。

 「戦時中の兵士が、勝手に行動できるのか、「審判」のいないゲームが可能なのか、少し考えれば疑わしい話なのに、そのまま報道され、相当広く信じられてしまった。朝日報道を「事実」と認識して引きずられ、ゆがんだ歴史観を教えた教師も、教えられた生徒も被害者だといえないか。  (敬称略)