オピニオンプラザ 私の正論 第390回テーマ「日本の歌100選」・私の評価
神話や昔話に親しむ工夫必要
わたしがこれまで勤めてきた学校では、給食の時間に流す音楽は、テンポの速い流行歌でした。放送係の生徒が子供たちからリクエストをつのり、自由に流していたのです。年輩の職員は、落ち着いて食事ができないと不平をもらしますが、子供の自主性が専重され、黙認されてきました。わたしは「テレビ等で流れている歌を、あえて学校で流す必要はない。学校でしか聞くことのできないもので、文化的に高い音楽を流すべきだ。例えば季節にあった『童謡・唱歌』はどうだろうか」と職員に諮り、賛同してもらいました。わたしが教師に成りたての頃、PTA役員の母親たちと宴会がありました。カラオケのない頃、順番で歌を披露します。大概は当時の流行歌と懐メロでした。そんな中、2人の役員がわたしの知らない歌を歌いました。歌詞もメロディーも上品な歌でした。隣にいた4歳年上の先輩に何という歌かを尋ねました。が、先輩もわかりませんでした。十数年後、あの時の歌が「早春賦」と「浜千鳥」だったことを知りました。あれから35年経ちました。当時の役員は75歳以上になっています。おそらくこの年齢以上の人たちなら誰でも知っている歌なのだろうと思います。この人たちが持っている優雅さが、わたしの世代との間に断層があって伝えられていないように思われます。優れた心の財産をもっていることに羨望を覚えました。
給食の時間に「童謡・唱歌」を流そうと提案した背景にはこんな思いがあったからです。そうすることによって、次の4つの利点が考えられます。
1つは子供たちに季節の美しさを感得させられることです。日本は世界の中で、一番四季の変化が大きい国です。現代は自然感が欠乏していると言われます。しかし、欠乏しているのは食卓の上の野菜ぐらいです。夏は暑いし、冬は雪が降り、木枯らしが吹きます。日本の大自然は規則正しく四季の変化を繰り返しています。そして「童謡・唱歌」は冬季節の美しさをたくさん歌っているのです。
2つ目は、親子のコミュニケーションを図れることです。学校教育の内容に親が介入することはあまりありません。しかし、学校で親が知っている「童謡・唱歌」を取り入れることによって親子のコミュニケーションが図れやすくなるだろうと思います。子供は親が子供だった頃のことを知りたがります。親や祖父母は季節にあった行事や暮らしぶりなどを喜んで話してくれるでしょう。
3つ目は、日本語の美しさを感じさせることができます。童謡も唱歌も、一流の詩人や歌人、学者が作詞し、一流の音楽家が作曲したのです。
4つ目は、日本の文化を外国に紹介できることです。グローバルと言われる現代です。目の前にいる子供たちは将来、必ず外国人とかかわりあいを持つでしょう。日本のものを紹介するよう要求された時「童謡・唱歌」を自信を持って紹介すればいいと思います。「童謡・唱歌」は日本の文化財です。学校で「童謡・唱歌」を流したら、子供たちよりも、親たちから歓迎されました。子供たちが大人になった時、親も歌った歌だと懐かしがってくれれば良いと思っています。「日本の歌100選」を見た時、それぞれの季節の歌が入っているのをうれしく思いました。しかし「歌を通じて家族のきずなを確かめるきっかけに」という趣旨を考えるとほかにも入れてほしい作品があると思いました。例えば神話や昔話を扱った作品です。わたしの学校では「建国記念の日」前後は「大黒様」を流します。日本の神話に興味や関心を持ってもらいたいからです。また、京都へ修学旅行の引率に行った友人は「五条通りで牛若丸と弁慶の戦いをガイドが説明するのを聞いて、牛若丸って誰だ、と聞く生徒が何人もいた」と嘆いていました。「一寸法師」とか「浦島太郎」など昔話が元になった歌も選んでほしいと思います。さらに、父親が登場する歌も欲しいです。もともと童謡や唱歌には父親が登場する作品は多くありません。一家団欒を描いた「冬の夜」や出勤する父を見送る「グッドバイ」を思い出せますが、採用するとしたら「青葉茂れる桜井の」が一番です。大義のために死を覚悟した父が、わが子との別れに臨み、母を大切にせよと諭します。父の姿の一つの典型となるでしょう。一方、採用された昭和・平成のヒット曲はいずれも思春期の歌です。この時期は親から独立し、夢や憬れを求める時期であり、現実から逃避し、観念の世界に浸って自己を慰める時期でもあります。歌詞の内容もそれを示唆しています。選考の趣旨から外れているように思われてなりません。
関口英夫(茨城県・中学校校長)
せきぐち。ひでお 昭和22年9月 茨城県生まれ。59歳。法政大学文学部卒業。教員を経て茨城県結城郡八千代町立東中学校校長。趣味は野草・山菜採集。初応募で入選。
入選して一言「初めての応募で思いがけず入選し、有り難く思っております。産経新聞の『主張』で日本の歌100選の
ことを知ったのが、契機となりました」
100選に日本の歴史の名場面の歌がな<、「青葉茂れる桜井の」(楠木親子の別れ)などの歌が選ばれてほしいとの声が…。桜井の駅跡 =大阪府島本町
平成19年(2007年)5月1日 火曜日 産経新聞
もっど「父祖の誇り」を大切に
文化庁の「日本の歌100選」はいい企画だった。今回の企画は、河合隼雄前文化庁長官が「歌を通じて家族のきずなを確かめるきっかけに」と発案されたとのことだが、わが家でも早速、文化庁のホームページから101曲のリストを印刷し、どれだけ知っているだろうと、親子で導入部を歌って楽しいひと時を過ごした。唱歌を中心に昭和、平成のヒット曲も含まれているだけに、親が知らない歌を子供が知っていたり、子供の間でも知っていたり知らなかったり、あるいは皆が声を合わせたりと、大学生筆頭の男子3人を抱える家族にしては、珍しい団欒の時が持てて、有り難いことだった。
どの家も大方そうであろうが、家族で歌をうたうという機会が実に少なくなっている。私の小さい頃は、客の多い家だったせいかもしれないが、宴席になると親も、そして子供もよく歌をうたい、そこで、親の愛唱歌が子供に伝承されるということが自然に行われていた。今では、歌をうたうのはカラオケということが増えたが、カラオケでは流行歌が中心になりがちだし、歌の巧拙に関心が移って歌の言葉を味わうことは少なく、声と声が重なってハーモニーを奏でるという経験はさらに得がたい。
その点、今回の企画は親子が声を重ねてうたう中で、心を通わせていくという、本来の歌のもつ力を生かそうとする良い提案だったと思う。 しかし、今回の100選で気になったことがある。それは、100選の中に歴史や人物をうたった歌が一つもないということである。「青葉の笛」 「元寇」 「青葉茂れる桜井の」 「鎌倉」、さらに「水師営の会見」「広瀬中佐」など日本の歴史の名場面を歌った名曲は数多くあるが、100選には一つも入っていない。今回の企画のキャッチコピーは「〜親から子、子か
ら孫へ〜 親子で歌いつごう日本の歌100選」というもので、親が子に、子が孫に、世代を越えて後世にうたい継いでほしい歌として募集されたものであった。それは、語り継ぎうたい継ぐという歴史伝承の姿を指し示しているようにさえ思われるのだが、そうしたキャッチコピーにも関わらず、今回の100選から歴史の歌が抜け落ちているのは何とも奇妙なことである。
この奇妙な事態は、「親子で歌いつごう」という言葉に込められた伝承の思いを、過去に向けていないところから生まれてくるのではないだろうか。言うまでもなく、われわれの父祖も同じく「親子で歌い継ごう」と後世のわれわれに向けて歌を残し伝えてきたのである。父母が祖父母が、われわれの世代に託した歌は何だったのか。その確認を経てこそ「親子で歌い継ぐ
日本の歌100選」は完成するのではないかと思うのである。もっとも、今回の100選に、父祖が大切にしてきた歌が含まれていないわけではなく、「故郷」も「われは海の子」も「仰げば専し」も入っている。しかし、その世代がそうした歌と並んで大切にしてきた「青葉茂れる」や「水師営の会見」は入っていないのである。
随分昔になるが、私はテレビ番組で、往年の喜劇役者の伴淳三郎さんが、その母が歌ってくれた子守歌といって「青葉茂れる桜井の」を涙ながらにうたった姿が忘れられないのだが、そうした楠木正成や乃木大将に対するかつての国民的敬慕は、歌とともに忘れられている。実に残念なことである。
日露戦争最大の激戦地である旅順攻防戦を終えた、乃木・ステッセル両将軍会見を歌った名作「水師営の会見」の歌詞の4 番は「昨日の敵は今日の友/語る言葉もうちとけて/我はたたえつ被の防備/彼はたたえつ我が武勇」である。この歌をうたうとき、後世のわれわれは、旅順に武士道精神が生きていたことを直ちに了解する。100年の時を隔て明治の一断面をまざまざと知るはずだ。そして、、そのことは父祖の生に対する、そしてわが国の歴史に対する誇りを生むだろう。さらに言えば、現在の例えば媚中・嫌中などの次元と異なる対外交渉・国際交流のあり方を考える糸口にもつながるだろう。今回の100選に選ばれなかった唱歌に「冬の夜」がある。
その2番は「囲炉裏のはたに縄なう父は/過ぎしいくさの手柄を語る/居並ぶ子供はねむさ忘れて/耳を傾けこぶしを握る/囲炉裏火はとろとろ/外は吹雪」という詩で、明治末年の一農家における光景を描いている。その父は、かつて国家の運命を決した日露の戦いに参戦した。その父の物語りを幼い子供は耳をそばだてて聞いている。
前述した歴史伝承の生きた姿がそこにあるのだが、戦後の教科書では、「過ぎし・・・」のところが「過ぎしむかしの思い出語る」と改められたという。 このように、戦いにまつわる父祖の誇りをきれいに消された時代にわれわれは住んでいる。その結果、今回の100選でも、母の歌は採択されたが父親をうたった歌は見当たらない。問題は歌に限らない。父祖の声に耳をすませること、時代の運命と無縁でなかったそのトータルな人生を憶念すること、そこに文化や教育の問題を考える上での、本質的な鍵があると思うのである。
小柳志乃夫(東京都・会社員)
こやなぎ・しのぶ 昭和30年11月福岡県生まれ。51歳。東京大学法学部卒業。大手金融機関で証券業務に従事。現在、関連会社の部長。趣味は読書、史跡見学。初応募で入選。
入選して一言「初めての応募で思いがけず入選し、有り難く思っております。産経新聞の『主張』で日本の歌100選のことを知ったのが、契機となりました」
|