若者の人間力向上を目指す「第14回産経志塾」が昨年12月14、15の両日、東京・大手町の産経新聞社で開催された。今回は、慶応義塾大学講師で、明治天皇の玄孫である竹田恒泰氏が「日本の皇室」をテーマに、プロの語り部で大阪芸術大学教授も務める平野啓子氏が・「語りは心の絵画」と題して講義した。14日にはアサヒグループホールディングス相談役(前NHK会長)の福地茂雄氏を迎えて昼食会が行われた。(情報源:産経新聞H25.1.15)

慶応義塾大学講師    竹田恒泰氏


平成24年は古事記編纂1300年の記念すべき年だ。古事記は日本に現在伝わっている最古の歴史書だ。神話と歴史が一つの物語になっていて、神々の世界がそのまま人の世界に移行する世界にもあまり例のない物語でもある。

20世紀を代表する歴史学者、アーノルド・J・トインビーは、世界中の民族の歴史を研究して「12、13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びている」と結論づけている。本来、日本人なら日本の神話を知っておくべきだが、学校では神話教育がない。これは民族の滅亡に直結する恐ろしいことだ。

高校で日本史は必修になっていない。中学校の歴史も勉強するほど日本が嫌いになる内容になっている。建国の経緯を教えないのは、さらに深刻だ。教科書に書かれない遠因は敗戦にある。連合国が日本を占領 した唯一最大の目的は、日本が再び欧米に歯向かわないよう骨抜きにすることだった。そこで教育改革に力を入れた。

GHQ(連合国軍総司令部)は「神話や建国の歴史を教えてはいけない」と禁止し、「国民から尊敬される天皇の歴史は教えてはならない」と指示した。

講和条約が発効し、主権を回復したときに教育内容も見直せばよかったが、当時の日本はGHQが定めたことをそのまま継承した。

英国の調査では「世界にいい影響を与える国」として、日本はいつも上位にある。だが、日本国民に聞いた自国の評価はわずか40%。多くの国では7割前後も「自国を愛している」と答える。この差は民族の行動を左右する歴史観、国家観の欠落から生じている。日本の学校教育を受けてきたら誇りを持てなくなる。

日本の成り立ちで、天皇の存在は避けて通れない。では、天皇とは何か。ひと言で言えば、国民一人一人の幸せを命を削りながら祈る存在だ。

昨年の東日本大震災で、両陛下がある被災地の避難所を訪問された。私はその避難所に行き、「陛下がいらっしゃいましたね」と被災者に声をかけた。すると、その人は大泣きした。思いだしただけで涙が出るという。

「両陛下がお見えになって、それだけで感動した。初めて生きる望みを持った」と語った。

終戦後、昭和天皇と会見したマッカーサー元帥は「天皇が命乞いにくる」と思っていた。だが、昭和天皇は「この戦争の責任は私にある。自分の命は構わないから、1億の民を飢えさせないでほしい」とおっしやつた。マヅカーサーは驚き、日記に「神のような姿をみた」と記したという。

歴代の天皇は、国難から命を投げ出して国民を守ろうとした。昭和天皇のお言葉は、その歴史の意思から発せられたのだと思う。

震災の究極の困難に耐え忍び、礼節を失わなかったことは海外から絶賛された。天皇とともに培った日本人の精神性は今も残っている。

神話、歴史を共有し、日本人がまっとうな歴史観・国家観を持ったら、日本の将来は前途洋々たるものがあるだろう。

Q&A
Q 昔、庶民が天皇について知る機会はあったのか


A 天皇が国民に認識されるようになったのは明治以降と主張する歴史研究者が多いが、間違いだ。古墳時代から天皇の任命で豪族も序列化され、天皇の威光が国中に行きわたる構造があった。元号が変わる時も「天皇様が改元された」と認識されていた

Q 小学生に神話、歴史をどう教えればいいか

A 家庭内でも皇族の話をするときは最上級の敬語を使っていた。両親の日常の姿を通じて大切なことを学んだようこ思う。子供と伊勢神宮行くなど一緒に体験することも大事。あとは子供が自然と知りたくなるはずだ。

学生コメント
▼明星中学、西尾実季さん(13)「とても分かりやすい講義で、納得できる内容が多く、日本のことを誇りに思えた。竹田先生の信念が伝わってくる思いがした。私も信念を伝えられる人になりたい」

▼大阪商業大学、岡枝幹也さん(20)「連合国軍の占領下で日本が骨抜きにされてきた流れがよく分かった。政治家志望で、教育面で自分にできることはなにかと考えていたが、共感する点が多くあった」

▼農業、渥美有己さん(30) 「国を救うっもりで会社員を辞めて農業に取り組んでいるが、今日の話を聞いて、確固たる軸が自分にできたような気がした。皇室の存在を身近に感じることができた。

 

 香しき日本の心・歴史・言葉
           語り部・かたりすと 平野啓子氏

いい文章は心の栄養
言葉は船のようなもの。相手に届くと、船の上に乗った喜怒哀楽という声の表情が、言葉の意図よりもコンマ何秒か早く荷降ろしされる。だから、正しい言葉を選んでも声の表情ひとつで台無しになることさえある。小学生の時、廊下で転んだ友達にみんなと同じように駆け寄って「大丈夫?」と声をかけた。ところが、私にだけ「『かわいそう』と思って言っているようには聞こえない」とにらまれたことがあった。

もともと自分の言葉で話すのが上手ではなく、自分の心を表現できずに苦労した。だが、ある時、他人が考えた言葉でも自分の心を表現していれば、その言葉を魂を込めて伝えると、自分の気持ちを伝えられることに気付いた。それが「語り」の世界に入るきっかけになった。

プロが作り出す文章には強さ、すばらしさがある。すばらしい文章に触れることは心の栄養になる。いい言葉、いい文章に触れて吸収してほしい。プロの文章力を伝える上で、大切なのは心技体だ。

芸能の世界では、技術よりも真心を強調する。なかには「技術は自然とついてくる」という人もいる。だが、そんな簡単なものではないと私は思う。

技がないと真心を持っていても伝えられない。心と技があっても健康でないと十分な表現ができない。心技体が一緒になってプロの作品が生まれていることを知ってほしい。

古代では、紙は貴重なもので、文字もそれほど大陸から伝わっておらず、大事なことは声で伝えるしかなかった。古事記は、稗田阿礼が語り、太安万侶(おおのやすまろ)が記したと伝えられている。国として大事なことは歴史を伝えることだ。人は歴史を知ると、いい意味で愛国心が生まれる。このため、古事記は多くの人に分かりやすく伝わるよう物語になっている。

国生み伝説をはじめ、国のできあがった仕組みを伝えようと総力を挙げて取り組んだのだろう。

地方にも、民話や伝承がある。豪族たちは語り部を抱え、その土地の歴史を伝えさせ、民衆の信頼を集めた。力を誇示するとともに教育でもあった。伝承を伝えるため民衆が集まり、コミュニケーションを深める役割も担った。

家でも大事なものを語り伝えた。各地で伝わる河童伝説は「夕方に水辺に近づくと危ない」という教訓にもなる。語り続けることで覚える。自分で自分を守ることを必死で言葉で伝えた。

デジタル化が進み、どんなに便利になっても言葉を交わすことの大切さは変わらない。

短い文中に美しい言葉が詰め込まれた「枕草子」、四字熟語が多く出てくる「走れメロス」、描写が細かい「銀河鉄道の夜は声に出して読んでほしい。

世界には言葉を奪われた歴史を持つ国もある。言葉はすべての原点だ。自国の言葉を大切にすれば、他国の言葉もすばらしいと思えるようになる。互いの文化を誇りに思うようになるはずだ。

Q&A
Q 朗読と語りの違いは

A 文章を自分の声で紹介する朗読に対して、暗記した文章に自分の気持ちを乗せるのが語りだ。聞き手と視線を交わし、心を通わすことができるから、朗読とは伝わり方が違ってくる

Q どんな文章に親しむのがよいか
A 「竹取物語」や「枕草子」などの古文は、残すべき作品として、先人から受け継がれてきたもので、日本語のよさが詰まっている

Q 早口を直す方法を教えてほしい
A 口を大きく開き、腹の底から安定して息を送りこむイメージで声を出すよう留意すれば、ゆっくり話すことができる

学生コメント

▼会社員、御園典義さん(30)「コミュニケーションの取り方が苦手なので、気持を伝えるには心技体が大切ということ
に目を見開かされた」

▼聖ドミニコ学園高校、橋ロさらさん(17)
「受験のためだけに日本史や歴史を勉強するのではもったいないと感じた。留学も考えているので、日本のことをもっと知
る必要があると実感した」

▼ブリティッシュ・スクール、山本修聖さん(17)
「狂言をやっていて、自分でマスターしたと思って演じても、師匠から欠点を指摘される。技術だけでなく、心と体が備わっていなければ、と勉強になった