くにのあとさき 産経新聞H21.4.30 湯浅 博
歴史を歪曲する人
右であれ左であれ「事実そのものを封ずる空気」というのは、いやなものである。とくに、歴史を扱うドキュメンタリi映像には何度もだまされてきたから、ハナから事実と思ってみないクセがついかついてしまった。哀しいことに。つい最近も、台湾情勢に関心がある人ならすぐに「変だな」とテレビの小細工に気づく番組がまたあった。日本が横浜開港から世界にデビューして150年間をたどるNHKの「シリーズ`JAPAN デビユー」である。

その第1回放送『アジアの一等国』を再放送で見た。テーマは50年に及ぷ日本の「台湾統治」だから、制作者は植民地政策の悪辣さを暴き出すことに熱心だ。台湾人すべてを「漢民族」でくくるたぐいの荒っぽさが随所にあった。なにより『母国は日本、祖国は台湾』の著者、桐徳三さん(87)ら知日派台湾人が、筋金入りの反日家として登場したのには仰天した。日本人も驚いたが、本人はもっとビックリした。放映後、桐さんは担当ディレクターに「あんたの後ろには中共がついているんだろう」と文旬をいったと後に語っている。

異民族による台湾支配だったから、当時の桐さんらが差別を感Dていたことは事実だ。番組でも、「私のいとこのお姉さんが、日本人の嫁になって日本へ行ったけれどね、戸籍が入らん。こういうのが差別でしょう」と憤愚をぶつけた。桐さんはじめ、仲間の蒋松輝さん、藍昭光さんも差別されたときの悔しさを語っている。ただ、「母国は日本」とまで公言している人々が、日本統治時代歴史を歪曲する方法に関して洗脳、差別、恨みばかりを強調するだろうか。

同じ疑間を感じた視聴者は多い。だが、NHKは「日本とアジアとの真の絆、未来へのヒントを見いだそうとしたものです」と無味乾燥な答えで押し切った。それならと、義憤に駆られた衛星放送の「日本文化チャンネル桜」はさっそく現地に飛んで、番組に出演した桐さんらを交えて座談会を開いた。

藍さんは「終戦で台湾人による統治ができると考えた。だが、中国人がきて衛生、治安がでたらめになった。虐殺事件が起きて、戦前のよかった日本時代を思いだした」と語る。日本統治の良い面とは、教育、病院、鉄道などのインフラに集約できるという。桐さんは「日本統治の善しあしは半分半分なんです。NHKには両方をいった。日本人がいやがる部分はカットしていいよといったのに、逆に悪い面だけを放映した」という。そして冒頭の「後スに中共がいるんだろう」との怒りにつながる。

制作者がシロをクロと言いくるめる番組をつくろうと思えば、取材対象の見解からクロぱかりを抽出すれば事足りる。そこには、善意ある台湾人の複雑微妙な心理はわいきよく配慮されない。歴史事実を歪曲してしまう古典的な手法である。

昨年も、神社と戦争の結びつきを強調した映画に『靖国』があった。靖国神社のご神体は鏡と剣であり、どちらが欠けても成り立たない。だが、中国人監督は半分の剣だけを摘出して「武」のイメージを極大化した。90歳の刀匠が節目に登場するのはそれが理由だろう。刀匠から「事前説明とは違う」と抗議されると、監督は「政治の圧力か」とそらした。『アジアの一'等国』であれ『靖国』であれ、「事実そのものを封ずる空気」はいやなものである。(東京特派員h21.4.30)