産経新聞平成23年('11)4月23日・土曜日 オピニオン

日本人の美徳の源泉


この度の東日本大震災は、私たちに大切なこと、つまり日本人のDNAに組み込まれた美徳を、目に見える形で気づかせるとともに、日本人としての自信と自覚を甦らせた。被災者の皆さんは、未曽有の悲運に遭いながらも礼節を失わず秩序を乱すことがなかった。冷静に振る舞い、助け合った。限られた救援物資も乱れずきちんと列を作って受け取った。「もっと困っている人たちがいるからそちらへ回してください」と他者を気遣う気高さも示した。

阪神・淡路大震災の時もそうだったが、今回も外国のメディアは、このような日本人の姿を一様に驚きと敬意を込めて伝えた。何かにつけて日本のことを悪く言う中国の人たちでさえ、「日本人の中には『道徳』という血が流れている」とか「中国は50年後でも実現できない」「われわれも学ぶべきだ」などの声をあげたと伝えられている。

普通ならパニックに陥り、暴動や略奪などの犯罪が起こってもおかしくない状況の下で、なぜ日本人はかくも冷静に振る舞うことができるのか、外国の人たちにとっては、理解しがたいことのようである。しかし、私たち日本人にとっては、ことさら驚くようなことではない。

3月14日付の『産経抄』は、なぜと聞かれれば「『日本人だから』としか、答えようがない」とさりげなく書いている。関西で著名な放送タレントの桜井一枝さんも「なぜって当たり前のことやから」と朝のラジオ番組『ありがとう浜村淳です』の中で語っていた。これが日本人にとっては普通の感覚なのである。

日本人に備わったこのような高品位の気質は、なにも今に始まったものではない。長い歴史によって培われた日本人としてのあり方そのものなのだ。黄文雄氏も『歴史から消された日本人の美徳』の中で、大航海・時代(日本は戦国乱世の時代)に日本を訪れた宣教師たちが日本人の知性や道徳は世界最高であるとイエズス会に書き送っていたことや、3世紀に書かれた『魏志倭人伝』にも日本は質の高い社会であることが記され、「窃盗せず、訴訟少なし」の記述があることを紹介している。

日本は、特定の教典を持たぬ八百万の神が鎮座する国であり、古来日本人は折に触れて神々に手を合わせ、神様という鏡に己を照らすことによって身を律してきた民族である。長い歴史によって育まれ形成されてきたこのような気質は、いわば日本人の一般意志」であり、一時代の作為を超越した次元のものだと言ってよいだろう。

大災害でも礼節を失わず秩序を保ち、他人のことを思いやる日本人の行動の源泉は、そこにこそあると私は思う。第二次大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)は、日本人の心に育まれてきたこのような伝統的価値の体系を徹底した検閲や轍謝・数々の反日プロパガンダなどによって破壊し、「日本"邪悪の国」を日本国民の意識の深層に植え付けようとした。

その結果、確かに「日の丸・君が代反対」に象徴されるような自虐現象が露呈し、学校教育も左翼教職員組合の「反日教育」の洗礼を受けはしたが、この度の災害は、奇しくもそれが表層の出来事に過ぎなかったことを私たちに教えてくれたのである。

私たちは、自信と誇りをもって、次代を担う子供たちにこのことを語り伝えていかなければならない。


元高校校長  一止羊大
<いちとめ・よしひろ(ペンネーム)>大阪府の公立高校長など歴任。著書に『学校の先生が国を滅ぼす』『反日教育の正体』。