唄いつぐ 親から子へ 長崎シーボルト大教授 小林美智子C
心が痛んだ末娘の言葉
赤ちゃんの健診をしながら、私はよく「赤ちやんに子守唄を歌っていますか」とたずねる。私の末娘に「若いお母さんは子守唄を知らない人が多いの。"子守唄を赤ちゃんに歌ってあげてね"っていつもいっているんだけど」と語り掛けると、末娘は「子守唄は大切だよね。私が小さいころ、お母さんが仕事から帰って来るのが遅くて、一人で寝なきゃならないときは、いつもお母さんが歌ってくれた子守唄を小さな声で歌っていたの。そうすると、傍らにお母さんがいてくれるような気持ちになって安心して眠れたわ」と話してくれた。
かつて保健所長の仕事をしていた私は、仕事で帰宅が遅くなることがあった。帰ると小さな子供たちは既に寝ていて、その寝顔を見て「ごめんなさい、遅くなって。きょう一日、元気だったかしら」と心の中でささやいた。だから、早く帰った、ときには、眠る前に子供の好きな絵本を読んだり、子守唄を歌つてあげたりして、一緒の時間を大切にしてきたつもりだ。歌った子守唄は確か、NHKテレビの「おかあさんといっしょ」の中で歌われていたもの。ゆったりした、春の夜空を雲に乗ってふんわり飛んでいるような気分になる歌だった。それにしても、成人して初めて聞いた娘のその言葉には心が痛んだ。
子守唄を唄ってきて良かったとつくづく思う。子供心に寂しさを我慢していた娘の気持ちを思う,と、言うべき言葉もない。しかし、働くことは男も女も同じだ。子供にとつて、母親と父親は、それぞれ代わることのできない、かけがえのない存在。それだけに、子供の発育にとって大切な時期に、子育てをしながら安心して働けるような社会環境を築いて、いかなければならない。
一年間の育児休業が法律で保障されたのは平成三年。だが、現実は、それ以降も、中小企業で働く女性にとって、育児に専念できる時間は、なかなか取れないのが実情だ。生物学的に「ヒト」とーして生まれ、社会に生きる存在としての「人間」に育っていく人の子は、人と人とのコミューケーションの基盤を乳幼児期にしつかりと作っておくことが何よりも大切。母と子の絆がその基礎になる。
お母さんが赤ちゃんに語りかけると、赤ちゃんはそれにこたえる。「あーあーうーうー」という声から「まんまー」という喃語(なんご=まだ言葉にならない段階の声〉になっていくが、言葉は放っておいてひとりでに出てくるものではない。言葉は目に見えない。語られて、耳で、体で、心で、聞くものだ。お母さんの語りかけは、赤ちゃんにとっても喜びを共有する「人と人とのつながり」の始まりだ。子守唄は母の思いを込めた言葉。生まれてくるどの子供もみんな、母の豊かな言葉から育ってほしい。こうした環境がすべて整ったときに初めて、仕事をしながら育児をして、女性として生きている自分に満足できるようになる。
協力 日本子守唄協会 (http//www.komoriuta.jp/)
|