あわれ人の世の 隊商(キャラバン)は過ぎて行くよ! この一瞬(ひととき)をわがものとして、たのしもうよ。あしたのことなんか何を心配するのか?  酒姫(サーキー)よ! さあ、早く 酒盃(サーキー)をもて 今宵も 過ぎてゆくよ!   オマールハイヤム




   ペルシャの神話「王書」(シャー・ナーメ)より   黒柳恒男(泰流社)¥2400

  まえがき

 古来ペルシアの名で知られてきたイランは二千五百有余年の古い歴史と輝かしい文化、伝統を持つ国で、古い国にふさわしい伝承、神話を有し、それは今日までイラソ民族に最大の文化遺産の一つとして保持されてきた。'イラン・ベルシア神話の祖型が共通していることは周知の通りであるとはいえ、それぞれの展開過程においてかなり異なった形で成立した。

 ペルシアの神話は元来、イスラーム期以前のペルシアの国教ゾロアスター教神話、伝承に基づくものであるが、今日一般のイラン人が自国の神話としているものは、必ずしもゾロラスター教聖典『アヴエスター』や中世ペルシア語で書かれた諸文献に記されていることそのままの形ではなく、今から約千年前、十一世紀当初にペルシア文学史上最大の民族詩人と仰がれているアプール・力ースィム・フィルドウスィー(フエルドウスィー)がそれまでに伝わる神話・伝承・歴史を集大成し、さらに取捨選択して完成させた約六万句に及ぷ大叙事詩『王書』(シャー・ナーメ)に含まれている神話・伝承の部分が神話として受け継がれているのである。

 それ故、筆者も『ペルシアの神話』と題する本書において、ゾロアスター教神話・伝承そのままではなく、『王書』における神話王朝ピーシュダード(ピーシュダーディー)朝に関する部分をす・・・・・・・。

         
ホスローとシーリーン     ニザーミー 岡田恵美子訳

          

 五章
      
ホスローの夢

夜の黒髪が芳香をただよわせると、暗闇の中に光明が沈む・・・夜の魔術師が帳から姿を現して、陽から月へと手品師が入れ替った。

ホスローは礼拝堂に入り腰帯を締め、神を讃えて脆いたが、やがてその場で、昨夜は恵まれなかった甘い眠りに襲われた。すると、夢に一入の祖先が現れて、王子に告げた。

「おお、世を輝かす新しき陽よ
そなたが四つの貴きものを失ったなら
四つのことにつき予は吉報を告げよう

第一、かの酸い葡萄を口にせし折
そなたは葡萄のごとく酸い顔をしなかった
されば甘美なことこれに勝るなき
美女を腕に抱くであろう

第二、かの駿馬の腱切られし折
そなたの心に憂いは見られなかった
されば、名をシャブディーズ(闇夜)という
疾風すら追うことのできぬ
駿足の黒馬を手に入れるであろう

第三、王がかの寝椅子を村人に与えし折
その苛酷なる仕打にも
そなたは不幸を嘆きはしなかった
されぱ、王位にふさわしく
黄金の木さながらの順正なる王座を
手に入れるであろう

第四、楽器をとりあげられし楽士の詩にもそなたはよう耐えた

されば、思うだに酒杯の毒も解けようほどのパールパドなる楽士を与えられるであろう

そなたは四個の員殻の代りに四粒の真珠
石の代りには黄金を手に入れるであろう」

王子は夢から醒めたとき、ふたたび神を讃え、昼も夜も一言も口をきかず、祖先のこの予言をふかく考えた。
彼は眠りもわすれて賢者たちに物語を求め、またみずから語りもした。

        六章

     
シャープール語る

王子にはお気に入りの側近がおり、名をシャープールといった。彼はモロッコからラホールまで世をめぐり、絵画においてはマニーの再来と称され、作図法と幾何学の才では第二のユークリッドと唱えられていた。

彼の筆捌きは巧妙で息をのむ間に描き、筆はなくとも想念から絵が生れたほどである。巧繊なことは実に感嘆に値し、水の面にも優雅な絵を描いたといわれている。

さて、彼はホスローの王座の前で地に口づけて心楽しい物語をした。「我らの世の王のご命令とあらば、私の知っており