真実を後世に残す  ノンフィクション作家 門田隆将氏
 
マスコミ・ジャーナリズムとは何かー。私は真実を後世に残すことだと思っています。私は去年、朝日新聞と闘いました。闘いのもとは「2011年3月15日朝、福島第1原発の所員の9割が吉田所長の命令に違反して福島第2原発に撤退した」という同紙の大報道です。

 故吉田昌郎所長が政府事故調の聴取に応じた、いわゆる「吉田調書」を独占入手したという触れ込みでした。私は2012年に『死の淵を見た男ー吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』という本を出しています。吉田元所長に長時間インタビューし、福島第1の現場の人々や、一方、菅直人元総理など政府関係者も含め、100人以上の当事者たちに実名証言を得たノンフィクションです。

 その私から見れば、朝日の記事は完全なデタラでした。そこで昨年5月31日、私は自分のブログで「朝日の記事は誤報である」と指摘しました。これがニュースサイトで反響を呼び、私はさらに週刊誌に《朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ》という記事を書くなど、多くの媒体で「朝日の記事はなぜ誤報なのか」を論評しました。

 朝日は私に対して、謝罪・訂正を要求し、法的措置を検討する旨の文書を送りつけてきました。ならば、どちらが正しいのか、「吉田調書」を公開して国民が判断すればいいではないかという声が世の大勢となりました。政府が公開に踏み切ったその当日、9月11日に朝日は木村伊量社長が記者会見で記事を撤回・謝罪し、編集幹部の更迭と社長辞任を発表したのです。

 2011年3月15日は、福島第1原発2号機の原子炉格納容器の爆発が刻一刻と迫り、日本が有史以来最大の危機に陥った日です。もし爆発していれば東日本は壊滅していました。

 この時、福島第1には700人あまりが残っていました。そこで吉田所長はこの人たちを70人ずつのグループに分けて事故との闘いを継続することを考えたのです。つまり最初の70人以外はひとまず免震重要棟から福島第2へと非難し、もし最初の70人が全滅したら次の人々、それもだめなら次・・・という具合に、いわば、"死ぬ順番"を考えたのです。

 最初に残ったのが後に「フクシマ50」と呼ばれる、実際には69人の方々でした。朝日が書いたような「所長命令に違反して撤退」した人など一人もいなかったのです。

 なぜ朝日はこんな記事を書いたのか。それは同紙が「反原発」「再稼働阻止」という強固な信念を持ち、その主張を通すためには「真実」など、どうでもよかったのです。自らの主義・主張のためには、事実をねじ曲げてもいい。そのおごりがあの誤報事件を呼んだのです。

 私は今を「情報ビッグバン」の時代と名付けています。これまではマスコミが情報を独占し自分たちの都合のいいように加工して大衆に下け渡していました。しかし、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が発達した今では誰もが自分の意見を発信でき、それが大きな渦になる可能性がある。

 「情報が民主化」されたわけです。だからこそ、マスコミ・ジャーナリズムの世界に一人でも多く携わってほしい。「真実を報道する」という使命と責任のある仕事をする人が増えてほしいと心から願っています。情報源=産経新聞H27.10.21

〈かどた・りゅうしょう〉
中大法卒。昭和58年新潮社入社。平成20年独立、ノンフィクション作家に。戦争、事件、スポーツなど幅広い分野で著書多数。著書「この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」で第19回山本七平賞受賞。