転換への挑戦   元首相 中曽根康弘
 来年は「再出発」
 5日から7日までの日程で韓国を訪問し、李明博大統領を表敬した。延坪(ヨンピョン)島を砲撃した北朝鮮との関係が非常に緊迫している中、大統領は日本の支援に感謝し、今後とも日本との協力を最重視すると述べた。

 中国漁船衝突事件に続いて、北朝鮮の砲撃をめぐり、菅直人首相は危機管理能力を改めて問われた。われわれの時代から比べると初動は遅く、国民に対策の方針や道筋を明示する努力も足りなかった。瞬発力と行動力が鈍かったのだ。

 国民は、自民党政治を激しく批判してきた菅首相に、市民的立場に即した迅速な行動力を期待した。ところが、就任後を見ると自民党時代と変わらない。ものによっては遅いとの批判も受けている。

 瞬発力は、訓練や素養で蓄積された政治的深さと、先人が難局においてどう決断、行動したかを学ぶことで得られる。特に外交政策では、瞬発力が鈍いとわが国の状況は悪くなり、国民の協力も難しくなる。

 瞬発力でもっとも尊敬するのは、原敬元首相だ。原は、就任すると外交政策で大転換を図った。「対華21カ条要求」で悪化した中華民国との関係を改善し、米英との協調を目指した。日本を取り巻く厳しい現実を突破し、新しい段階へもたらそうという気力と見識が原にはあった。

 菅首相はどうか。今年6月の主要国首脳会議(ムスコカ・サミット)に先立ち、菅首相から「サミットにどう臨めばいいか」と相談された際、自らの経験を伝えた。まず、サミット開催の前から参加各国に使者を出して、日本の考えを伝え、相手国の考えを集める。その上で、助け合えるような味方を作るようにした。

 レーガン元米大統領とは、日米の代理人がサンフランシスコやハワイで極秘に会い、事前調整を進めた。その結果、本番では、日本が立場を表明すると、米国などが強力に支持してくれたのだ。

 サミットとは、各国のジャーナリストが見ている中で一国のトップが国をかけて真剣勝負する『政治家のオリンピック』なのだ。私の話を、菅首相はよく聞いてくれてはいた。ただ、日本の主張に体を張って突進していく気力は感じられず、物事を事務的に処理しようとする印象を受けた。

 先月、胡錦濤・中国国家主席との会談で菅首相が下を向いてメモを読み上げている姿をテレビで見たが、これでは国民が
失望してしまう。

 菅政権には平成23年度予算案の国会審議と統一地方選という難局が待ち構えている。だが、内閣支持率が20%近くに下がり、政権末期の印象だ。菅首相は、それでも続けるならば内閣の陣容を刷新するしかない。

 自民党などに連立を呼ぴかけても、低支持率の首相を相手にしたくないだろう。今の与党の結束を強めるしかないが、「反小沢」で成立した内閣なのに小沢一郎民主党元代表と手を組めば内閣成立の基本的動機が失われる。結局は長続きしない。

 逆に、小沢氏と討ち死にすれば見事だ、と評価されるだろう。菅首相がいつまで続くかは分からないが、その後は枠組みをもう一度考え直して政治を「再出発」させる…、来年はそういう年になるのではないか。(なかそねやすひろ)

情報源:産経新聞H22(10)12.10





今日の突破口   ジャーナリスト  東谷暁
独立自尊の観点で核の議論.
最近、日本も核兵器を保有しようと模索した時期があると報じたテレビ番組があって、多くの人びとの耳目を集めた。今年10月3日に放映されたNHKスペシャル『"核"を求めた日本』がそれで、佐藤栄作政権は中国の核実験に衝撃を受け、日本の核保有を検討。当時の西ドイツとの連携も試みたが、結局は断念したというものだった。

実は、佐藤元首相が日本の核保有を模索したという事実は、専門家の間ではよく知られてきた。これまでは、むしろ核廃絶論者によって詳細な研究が行われていたが、この放映に対して、防衛大学校名誉教授の佐瀬昌盛氏が、10月19日付の本誌正論欄でNHKの報道には疑念があると論じ、さらに『正論』平成23年1月号で背景を詳述して、日本は「求めた」にもかかわらず「断念した」というべきだと指摘しておられる。

このところ、日本の周辺がきな臭くなっている。尖閣諸島で中国漁船の蛮行がなされ、ロシア大統領が日本の北方領土を突然訪間するという事件も生じた。無法な北朝鮮による延拝(ヨンピョン)島への砲撃が行われ、いまも緊張状態が続いている。こうした事態は決して偶発的なハプニングではなく、さまざまな顔を持つ国際政治が荒々しい表情をほんの少しだけ見せたにすぎない。

こうしたときこそ私たちは、真剣に核の間題に向き合うべきではないのだろうか。世界の核戦略は大きく変わりつつあるといわれる。冷戦期の「第1次核時代」に対し、ポスト冷戦期は「ならず者国家」やテロリストの核保有が問題となる「第2次核時代」と呼ばれた。しかし、戦略史家コリン・グレイは、すでに世界は「第3次核時代」の兆候も見せており、そこでは新しい核大国が急成長し、冷戦期のような色彩も加わると示唆している。

つまり日本は核戦略のふたつの潮流が出合う、潮目の真っただ中で翻弄されようとしているのだ。これまでも、北朝鮮が核実験を行い、ミサイルを発射した際、故中川昭一氏が政治家としての危険をかえりみず、核の議論をしようと呼ぴかけたことがあった。しかし、残念ながら、活発な議論があったとはいいがたい。あるにはあったが、その多くは、核の議論を封じるべきではないといった、いわば「核の議論を議

増強問題でもいえる。何か問題が起こったときには、憲法改正の議論も軍備増強の議論も盛んになるのだが、いつの間にか低調になり、テレビや新聞から消え、そして雑誌からも消えてしまう。残るのは憲法を改正する際の法手続きや、軍備を増強する際の技術問題といった、一部の人にしか関心を呼ばない、きわめて専門的でテクニカルな話題になって.しまうのである。

それは、こうした議論が絶対的な「タブー」だからではない。そうではなくて、議論の根本に日本の独立性を少しでも高め、国民における自尊の精神を酒養するといった、基本的な観点が欠落しているからだ。核の議論も同じことで、いつの間にか立ち消えになってしまうのは、そこに肝心の前提が欠けているからなのである。私たちは今こそ、独立自尊の観点からの核の論議をしなくてはならない。(ひがしたに さとし)
産経新聞:H22.12.8