| 人生を変えた日本史 株式会社ことほぎ代表 白駒妃登美 「命は掛け替えのない大切なもの。でも人間はその大切な命に代えても守りたいものを持たなくてはいけない」ーー"博多の歴女"はいかにして癌を克服したのか。「天命追求型」の生き方とはーー大好評だった前編に続く後編 ☆ちゃんとした日本人であってこそ国際的に通用する -前回は、歴史上の人物は好きなのに、日本という国や歴史は好きになれなかった状態から、どうやって脱却したかというお話をお伺いしました。 白駒 国際人になりたいと思ってオーストラリアに行ったのに、そこで問われたのは、英語力でもなければグローバルスタンダードの知識でもなかった。あなたはちゃんとした日本人なんですか、ということだったのです。ちゃんとした日本人なら、自国の文化を身に付け、自国の歴史を理解しているはずだと。ちゃんとした日本人になることこそが国際人のスタートラインなんだと、私はオーストラリアで学ばせていただきました。 私が日本人の誇りに目覚める第二のきっかけは、既に述べましたように国際線に乗務するようになって、世界数十力国を訪れた体験からでした。インドネシアの教授に出会う前でしたから、自虐史観の影響で、日本人は世界から嫌われている、憎まれていると思っていました。ところが実際に海外に出てみると、真逆で、初めて会った人たちから親切にされたり、最初から信用してもらえるのです。「どうして?」と尋ねると「あなたが日本人だから」との答えが返ってきました。 ☆世界から愛されている日本人の勤労の精神 白駒 ある東南アジアの人が言いました。 《日本はODAによって発展途上国にさまざまな支援をしてくれている。東南アジア各地に井戸や学校ができ、インドには地下鉄もできた。私たちはこういう目に見えるものも大変ありがたいと思っているが、私達にとって一番ありがたいのは、そして一番の財産になったのは、一緒に働く過程で知りえた日本人の素晴らしい労働観だ。 多くの民族は働くことを苦しいことだと思っている。でも日本人は違う。働くことが美徳なんだね。働くことに喜びを見出しているんだね。》英語で仕事はビジネス(business)ですが、これはビジー(busy、忙しい)が語源で、あまりいいイメージはありません。フランス語はトラバーユ(travail)ですが、この語源はラテン語のトレパリアーレ(trepaliare)で、何と「拷問する」という意味だそうです。 では日本語はどうかというと、はたらく「働く」は、→説には傍の人を楽にするという意味からきているといいます。いま目の前にいる人を笑顔にすること。これはすばらしい労働観だと思います。心理学では人間の幸せには三段階あるといいます。一番低いレベルの幸せは「誰かに何かをしてもらった」という幸せ。次が「自分ができる」という幸せ。では最もレベルの高い幸せは何かというと、「誰かの役に立てた」つまり、自分の存在が誰かの喜びの源になっていると実感することだそうです。 日本人は目の前の人を笑顔にするために働く。目の前の人がよろこんでいるのを実感したときに自分はその人以上に幸せになっている。あなたの幸せが私の幸せ。私はこんな考え方を育んでくれた先人たちに心から感謝しています。 ではなぜ、日本人はそのような労働観を持つにいたったのか。それは古事記、日本書紀の神話を紐解けばわかります。キリスト教にはエデンの園という楽園が出てきますが、この楽園の定義は「働かなくても食べていけるところ」というもの。でも高天原では神様が働いていらっしゃいます。 例えば、皇祖神・天照大御神は稲作と機織をなさっています。万葉集は天皇、皇族といった高貴な方々から名も無き庶民に至るまで、身分の差を超えて集められた和歌集ですが、高貴な身分の方の歌に意外に多いのは、田植や労働を愛でる歌です。日本という国は神様が働き、高貴な方々が労働を愛でる国なんです。 今も天皇陛下は皇居で稲をお育てになり、「日々、国民の暮らしがちゃんと成り立っているように」と祈りを捧げてくださっていますし、皇后陛下も蚕を飼われて「国民の衣食住が足りているように」と祈ってくださっています。そんな国に生まれ育った私たちが労働を苦しいものとは本来思えないのは当然のことですね。 ー勤労の精神も神話から続いているのですね。 白駒 はい。もうひとつ、日本人の勤労ぶりを象徴する素敵なエピソードを紹介しましよう。自衛隊がイラクに派遣されて復興支援を行ったときのことです。多国籍軍の人たちが自衛隊の宿営地を訪れると、大変驚いてイラクの市民に対してこう怒ったといいます。 「お前たちは俺たちの宿営地では怠けてばかりいるのに、なぜ自衛隊の宿営地ではこんなに一所懸命に働いているんだ」と。イラクのある市民が皆の思いを代弁してこう言いました、「あなた方は口を挟むばかりで我々と一緒に働こうとはしませんよね。でも自衛隊員は違いますよ。 階級が上の人でも常に我々と一緒になって汗水たらして働きます。汗水だけじゃない、有刺鉄線を扱うときには手を血だらけにして一緒に働きます。そして私たちは午後5時までという契約で働いていますが、5時が近づくとあなたたちは決まってこう言います、『もうすぐ5時になる。あとはお前たちに任せた』。 でも自衛隊員は違いますよ。彼らはこう言うんです、『もうすぐ5時になる。あとは俺たちに任せろ』。こんなふうにされて意気に感じないイラク人はいない」と。 ー自衛隊は海外でも信頼されているんですね。 白駒 私はこのエピソードが大好きです。日本人にとって働くことは美徳であり、よろこびであるということを象徴しています。そして、日本という国の悠久の歴史が、ある形で実を結んだのがこのエピソードだと思うのです。 まつりごと皇室の政(まつりごと)は「しらす」 白駒 西洋は一神教ですね。この教えは正しくて他は間違っている。正と邪、天国と地獄、勝ち組と負け組、資本家と労働者、支配者と被支配者、この世は対立する二つのもので成り立っているとする二元論の考え方です。 でも私たち日やおよろず本人は違います。八百万の神々を信じてきた民族ですから、全てを受け入れるだけの潔さ、強さ、やさしさ、おおらかさを持っているのです。そんな民族が育んできた歴史の第一歩は、初代神武天皇の三代前、ニニギノミコトの天孫降臨にあると思います。 天照大御神はニニギノミコトに三種の神器と稲穂を授けられ、「しらせ」と命じられました。「しらす」は、「知らす」、または、「統す」と書きます。これは力で相手をねじふせるのではなくて、自分の徳を磨いていって、慈愛の心で民を治めることを意味する言葉です。この「しらす」という教えを皇室は代々大切に受け継いでこられました。 例えば、仁徳天皇の「民のかまど」のお話。仁徳天皇が、家々から炊煙が立ち昇っていないのをご覧になって、民の苦しみに思いを馳せられ、3年間税を免除された。やがて、多くの家々から煙が立ち昇った様子を眺められて、幸せそうに微笑まれて「私は豊かになった」とおっしゃったそうです。つまり、天皇にとっては民の幸せこそがご自身の幸せなのです。 天皇は代々、国民を「大御宝=おおみたから」と呼んでこられました。君主が民を宝物のように慈しむ歴史を日本以外のどこの民族が持っているでしょうか。それは「しらせ」と命じられた天照大御神様にお応え申し上げようとニニギノミコトがお始めになり、初代神武天皇から125代今上天皇まで連綿と受け継がれた伝統なのです。 こうしたことをお話ししますと、仁徳天皇のエピソードは神話、あるいは伝説であって、史実とは違うとおっしゃる方がいます。史実かどうか、私には証明する力はありません。ただ、これだけは真実だといえることがあります。それは古事記、日本書紀が編纂された1300年前から今日に至るまでずっと、日本人はニニギノミコトや神武天皇、仁徳天皇が示されたこ姿勢こそがリーダーたる者の理想の姿だと信じてきた、このことは疑いようのない真実だということです。 私たちは先人たちが何を信じ、何を畏れ、何を大切にしてきたのか、ということにもっと誇りを持っていいのではないでしょうか。 ☆生かされている「今」を全力で生きる ー最後に、歴史と人生というテーマについてお伺いしたいと思います。先生は、歴史上の人物に学ぶことでがんを克服されたとか。 白駒 自分でもどうしてだか、まだ完全な説明ができないのですが、順を追ってお話しします。私は高校受験の頃から約30年間、カーネギー、ナポレオン・ヒル、マーフィといった欧米流の成功哲学を信奉してきました。夢を叶えるために目標を設定し、それに向けて努力して夢を実現していくという考え方です。 実際にこの方法によって、私は叶えたい夢をどんどん実現していきました。ところが、今から7年前(取材当時)、子宮頸がんになってしまったのです。私はそれまで病気とはクヨクヨする人が罹るもので、明るく行動的な自分とは無縁だと思っていました。成功哲学からすれば大病を患うのは負け組ということになります。 夢を実現するためにあれほど頑張ってきた結果ががんだった。私はたまらない敗北感に陥りました。ただ、そのときは幸いにもがんは初期段階で手術と治療を受けて元気になりました。 完治した-私はそう思っていたんです。ところが2年後の経過観察のとき、肺に転移したと診断されました。やがて主治医から「この状況で助かった人を見たことがない」といわれるまで悪化したのです。当時、子供は小学校5年生と1年生でした。子供たちの寝顔を見て、この子たちを残しては死んでも死にきれないと泣きました。 -そこからどう心を持ち直していかれたのですか。 白駒 成功哲学でやってきた人生を振り返りました。成功哲学では確かに充実感や達成感は得られるけれども、安心感や幸福感はなかったなと。そんな私を救ってくれたのはやはり歴史でした。 幼い子供たちへの遺言と思って、私が大好きだった歴史上の人物の話をプログに書いていきました。とりわけ、正岡子規、吉田松陰などの生き方を思い出したとき、覚悟が定まっていったのです。 正岡子規は、脊髄カリエスで30代半ばという若さで亡くなりますが、激痛でこんなに痛いなら死んだほうがましだと自殺を考えたほど苦しみました。しかし、彼はその苦しみの病床で、本当の覚悟というものに気づいていくのです。 それは、どんなに苦しくても、今という一瞬一瞬は生かされている。その生かされている「今」を平然と生きることが、本当の覚悟なのだと。吉田松陰は、野山獄で「牢の中でできる最高のことをしよう」と決めて、膨大な書物を読み、囚人たちと勉強会を開き、それがやがて松下村塾へ繋がっていくわけですね。高杉晋作から「男子の死に場所は」と聞かれ、「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」と手紙に思いを綴ります。本当に大切なのは、生死を超えて志を持つことではないのか、と。子規や松陰のことを思い出したとき、そうだ、日本人は古来、自分に与えられた環境を受け入れ、その「今」を全力で生きてきた。自分も生かされている「今」に感謝して、ご縁をいただいた人達に笑顔になってほしいと心から願って、残された一日一日を大切にしていこうと思ったのです。 こうして日本人らしい生き方を取り戻したとき、奇跡が起きました。がんの転移を知らされてから3週間後、抗がん剤治療に入る事前の検査で、画像で見るかぎりは、すべてのがん細胞が消えていたのです。 ーすごいですね。 「目標達成型」と「天命追求型」の生き方 白駒 人間の生き方には「目標達成型」と「天命追求型」とがあると言った人がいます。この言葉を知ったとき、私は前者の典型が西洋の成功哲学であり、後者の典型が日本人が大切にしてきた生き方だと思いました。 10年後の自分の姿を思い描きながら、その目標を達成するために努力してきた自分は前者でした。目標達成型の生き方において、「今」は「未来」のための手段です。ところが、がんによって死を意識したとき、私にはもう10年後がありませんでした。天命追求型の生き方とは、ご縁をいただいた人たちの笑顔のために、いま、自分の置かれた環境で全力を尽くす。 すると、人生の扉が開いて次のステージに上がって行く。そのステージでもまた、……ということを繰り返していくうちに、やがて天命に導かれ、自分でも予想もしなかった高みに到達するという考え方です。 日本の歴史上の人物の生き方を紐解いていくと、ほとんどの方がこの生き方だと思うのです。天命追求型の生き方の典型として、私はよく豊臣秀吉を取り上げます。若き日の秀吉は天下を取るなど考えてもいなかったはずです。ところが、信長にチャンスを与えられ、そのことに感謝して目の前の「今、ここ」に全力投球する生き方を貫いているうちに、運命が開けて行き、天命にたどり着いたのです。人物を挙げれば枚挙にいとまがないのですが、最も古い例としては古事記に出てくるスサノオノミコトも正にそうだと思います。 ー神話の英雄もそうなのですか。 白駒 スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の物語が日本人は好きですね。スサノオノミコトが高天原を追あんぎや放され諸国を行脚しているときに、出雲の国で悲しみにくれている夫ひとみごくう婦に遭う。美しい娘を人身御供としてヤマタノオロチに捧げなければいけない。 この時点ではスサノオノミコトは後の英雄スサノオで いたずら はなく、散々悪戯をして高天原を追放になった身。いわば、"イケテない"神様だったのです。ところが、この場面に出くわしてスサノオは悲しんでいる夫婦を笑顔にしたいと思うわけです。そして、娘を救いたい一心でヤマタノオロチに立ち向かい、勝利します。 ところが、退治した大蛇の体内から草薙の剣が出てくる。これが西洋だったらこの神剣を手に入れるために頑張るとい話になるのではないでしょうか。彼らはすべて契約ですから。日本神話だからこそ世のため人のために頑張ったご褒美に神剣を手にし、英雄になって行く。まさに天命追求型ですね。 ☆志のリレーが日本史 ー日本人の生き方の典型が神話にすでに現れていたわけですね。 白駒 西洋と日本の生き方の違いは、目標達成型と天命追求型の違いだと言いましたが、「夢」と「志」の違いといってもいいと思います。夢は自分のために叶えるものですから自分が死ねば終わります。志は世のため人のため、つまり自分を超えたもののために立てるものですから、叶ったときには、大勢の人がよろこんでくれ、たとえ志半ばで倒れても、個人の死を超えて誰かが受け継いで行く。 夢はfor meであり、志はforyou おおやけ です。夢は個人であり、志は公です。日本人が大切にしてきた生き方はまさに公に尽くす生き方であり、私はこの志のリレーが日本の歴史だと思うのです。松陰は死んでもその志は松下村塾の弟子たちに受け継がれていきました。 よく先祖の誰か一人でも欠けたら自分はここにいない、私たちは命のバトンを受け継いでいるといいますが、私は、受け取ったのは命のバトンだけではなく、先人たちの志、思いも受け取っていると思います。 ーそのことに関連するかもしれないと思い、お伺いするのですが、最近よく台湾に行かれるとか。 白駒 はい、一昨年からご縁があって何度も行かせていただいています。きっかけは東日本大震災台湾が世界一の義捐金を寄せてくれたと知ったことでした。200億円を超える義捐金、400トン以上の支援物資。それは世界から寄せられた支援のおよそ3分のーにあたるといいます。 震災が起きた年の暮れ、台湾の新聞社が「今年1年、あなたにとって一番の幸せは何でしたか」というアンケートを取ったら、一位になった答えが「日本への義捐金が世界一になったこと」だったのです。なんて純粋な人たちなのでしょう。それで少しでもご恩返しにと思ってお礼を言いに行ったつもりが、逆に台湾の方からありがとうと言われたりして。 ー日本人の遺伝子のスイッチをオンにする鍵は、恩を感じるセンサーを育むこととおっしゃいましたが、台湾に行くといいですね。 白駒 そうですよ。台北のホテルでたまたま90歳のおばあちゃんに声を掛けられました。私が「日本統治時代のお話をしていただけますか」と言うと、「日本時代でしょ」といきなりのダメ出し。「台湾は日本に統治されていたわけでも植民地だったわけでもない。 台湾は日本だったんだ。だから日本時代と言ってほしい」と。「教育勅語の通りに子供を育てたら間違いはないから」ともおっしゃった。きれいな日本語でした。また、『日本人はとても素敵だった』の著者・楊素秋(ヨウソシュウ)さんは、こうおっしゃいました。 《終戦の時、自分は13歳だった。日本人は戦争に敗れて財産も没収されて引き揚げて行ったけれども、誰一人文句も泣き言も言わなかった。私はそのときの日本人の背中を忘れたことがない。でもその後、メディアで見たり、仕事で訪日して接した日本人は、かつての日本人じゃなかった。 ところが、東日本大震災で被災地の様子が映し出されたとき、あの終戦時の日本人の背中がそこにあった。だから私は日本人が日本精神を忘れたわけじゃないんだ、ということに気が付いた。日本人の日本精神には雲がかかっていただけなんだね。》 ー震災で公に尽くす日本人の遺伝子が目覚めた。 白駒 ええ。台湾のおじいちゃん、おばあちゃんの親切に感動して、「どうしてこんなにまでしてくださるのですか」と訊くと、「これはあなたたち日本人が台湾人に教えてくれたことだよ」という答えが返ってきます。勤勉、誠実、規律、責任感、信頼などの日本精神は今でも「日本精神(リップンチェンシン)」という褒め言葉として台湾に生きているのです。 ☆大切な命に代えてでも守りたいもの 白駒 私は、子供たちに道徳の授業をするときに、「あなたたちの命は掛け替えのない大切なものです。でも人間はその大切な命に代えても守りたいものを持たなくてはいけないのです」という話をします。 自分の命を何に使うか。守りたいもののために命を使うわけですから、どうでもいいようなことで命を落とせなくなります。そして、例えば、古事記に登場する日本武尊と弟橘姫の話をしたりします。愛する日本武尊のために自分の命を海神に捧げた弟橘媛。 生かされていることに感謝して、ご縁をいただいた人達に笑顔になってほしい。それが志であり、古来より日本人が大切にしてきた生き方なのです、と。 ー子供たちの輝く顔が浮かぶようです。 白駒 「今日の授業で学んだことは人の役に立つ誇らしさです」というような感想文を読むと本当にうれしくなります。 -子どもたちの笑顔がまた先生の力となって行きますね。 白駒 ええ。ぜひ日本人の遺伝子に目覚めて世のため人のために貢献する大人に育ってほしいですね。尊敬する東洋思想家の境野勝悟先生と対談(*)させていただいたときに、与えられた環境を受け入れて精一杯生きて行くという天命追求型のお話をさせていただきました。 そのときに境野先生がこうおっしゃいました。「あなたの言う通りだが、日本人はただ受け入れてきただけじゃないよ。日本人は受けて立つという気概で生きてきたんだよ。これは険しい生き方だね。だって目標をつくる生き方は自分の好きなものや得意なものを見つけて目標を立てればいい。 でも、受けて立つという生き方は、人生何が起きるかわからない、しかしいつでも受けて立てる自分でいようと、自身を磨き上げなきゃいけない。こういう気概で生きてきたのが日本人なんだ」と。これからどんな人生の展開があるか、わかりませんが、私も受けて立てる自分でありたいと思っています。 ーますますのご活躍をお祈りいたします。まことにありがとうございました。 白駒 義の新刊子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語 致知出版社 1600円+税 ●お求めは書店へ 『日本の息吹』平成28年3月号 |