原点にかえる

壱岐国(一支国)ルネツサンス
文永・弘安の役(元冠)の敵味方鎮魂・供養祭・古代讃歌

 全国各地から『全国一の宮御朱印帳』をもつて五干人が一の宮を巡拝し、なかにアメリ力人のキッド青年は12月22日、出雲国一の宮出雲大社で106社を完拝し、島根大教官だった酒井薫美教授(鳥取短大教授)も同行し一の宮巡拝をはじめるようになった。一の宮の巡拝者が最近、壱岐国一の宮を訪れ人が増えてきて、ここは巡拝でご記帳の難所の一つに数えられている。それに対して地元から壱岐国一の宮に相応しいものにという声が自然にあがってきた。

 幸いにも地方分権と町村合併の流れに応じて、壱岐島全体を壱岐市に、かつての壱岐国(一支国)が現代の装いで実現しょうとしている。それは合理性や経済的の効果ではなく、原点でる壱岐国一の宮天手長男神社に精神的なシンボルを、求めようとする地元の気運が芽生え.壱岐国一の宮会がうまれた。

壱岐国一の宮天手長男神社は、延宝4年(1676)3月平戸藩の国学者橘三喜が、「壱岐国宗廟たりといへども、跡かたもなし」と嘆き、所の者どもを集めて薮の中をほらせ、神鏡1面、2座の石体を堀出し、その地に石社を建てた。明神大社が跡形もなく忘れさられたのは、文永・弘安の役で元・高麗軍に占領された対馬・壱岐は、日蓮上人の書状に「百姓等を、男をば殺したり生捕りにしたりし、女をば取り集めて手をとおして船に結いつけたり生取りしたりした。一人も助かったものはなかった。

壱岐を攻め寄せたときもまた同じであった」とその悲惨さを残している。壱岐を侵した元軍はやがて松海半島の沿岸の島々を犯した。その後遺症はながくつづいたのである。三喜が壱岐の延喜式内社査定をしてか12年後、元禄元年(1688)に物部鉢形の丘に本設を建立された。

平成旧年に大河ドラマ北条時宗」が放映されて、嚢古来襲のことは記憶に新しいとところである。弘安5年(1282)北条時宗は、無学祖元(宋)のすすめにより元冠の役の敵味方戦没者供養のため鎌倉円覚寺を建立した。平成13年9月11日、ニューヨークー世界貿揚センタービ:ルをはじめ同時多発テロが起きた。その生々しい映像をテレヒで全世界の人はみた。翌14年秋、日本が敗戦からサンフランシスコ講和条約締結で独立してから50周年を迎:えた。

当時、ソ連などの日本分割案に真向から反対したスリランカのジャワテネ前大統領はブッダ釈尊の言葉を引用し、「人はただ愛によつてのみ憎しみは越えられる。人は僧しみによっては憎しみを越えられない(法句経)。」と演説し、出席者から感激と賛意をえた。このようなことを意識してか、しないか、誰いうことなく、先ず壱岐国一の宮天手長男神社で「文永・弘安の役の敵味方鎮魂祭」をずることから始めようと、気持が一致し、その気運が高まった。

それが壱岐国分寺(臨済宗)にも伝わり.神・仏ともに鎮魂供養の琉れが自然と沸き起り、弘安の役から721年目にして、モンゴル・韓国の敵味方の霊魂の彷徨に、安らかならんこと祈る気持がわき起り、神道から仏道へと壱岐人に素直に伝わってきた、壱岐国分寺は、元冠の敵昧方戦没供養のため鎌倉円覚寺建立した同宗であり、仏教全宗派にもおよぶことになった。蒙古来襲の国難をいち早く訴え、「われ日本の柱とならん」と叫ばれた日蓮上人の力も大いに加わることを感じるとともに、「文永・弘安の役の敵味方鎮魂・供養祭」は、見える世界・見えない世界への魂のメッセージである。

急速に動き始めた動きは、721年の歴史で返りみられなかった霊魂の殻が破れたように、見えない大きなパワーが渦巻きのようにうねりを感じらる。「魏志倭人伝1の一支国・壱岐国一の宮天手長男神社・壱肢国分寺を原点に、新たなる壱岐市(壱岐国)へと島民の希望は、壱妓国のルネツサンス(復興)であり、それぞれの立場の人々が動きやすくなるため「壱岐国のルネッサンス」(壱岐国復興会)」をつくり、行政をはじめ、すべての組織の壱岐国を愛する個人も参加できるものとする。その行動は単なるイペントではなく、たえず壱岐国の原点にかえり、その精心的基盤の上に21世紀を生きる力を共生していくものである。

まず、「文永・弘安の役の敵味方鎮魂・供養祭」「古代讃歌の集い」を実行する。多くの賛同と協力と智慧を寄せられること願う

                                平成14年12丹25日
                                      実行委員会  壱岐国ルルネッサンス
             
第一日
   平成15年9月16白,(火)午前11時
壱岐国分寺「文永・弘安の役,の供養法要会」
黙祷・読経
参列    日本代表・モンゴル代表・韓国代表・元寇の役の子孫代表

(対馬・壱碗・松浦)
奉納舞  倭一二三・倭ひかる・シンセサイザー上野友照

第二日    平成15年9月17日(水)午前11時
原の辻遣跡「古代賛歌の集い」

野外舞踊「古代賛歌」倭一二三・倭ひかる・シンセサイザー上野友照
壱岐国古代賛歌  語りと歌・加籐登紀子(あの空を飛べたら他数曲披露交渉中)

車座宴会   古代人になった気持ちで、飲食【命】)共にして


第三日
    平成15年9月18日(金)午前時

壱岐国一の宮天手長男神社「文永・弘安の役の鎮魂祭」
祝詞・大払祝詞・鎮魂祭・黙祷・壱岐神楽

玉串・日本代表・モンゴル代表・韓国代表・元寇の投の子孫代表
(対馬・壱岐・松浦)
奉納舞   倭一二三(全国一の官行脚)


              壱岐国ルネッサンス
        (夢は&希望は大きく おおらかな
(案)が届きました。
             更新日平成14年12月29日現在

     アジアの融合をめざして〜「壱岐国心の祭典」〜心の世紀・今壱岐から 

        
1、
趣旨  元冠の鎮魂祭およぴ供養法会を壱岐全島で元寇の役で亡くなった方々の浮かぱれ御霊を沈め
       成仏を祈願する。

1、
日時  平成15年9月16日、17日、18日の3日間

1、
方法  神式と仏式にてそれぞれ行う

1、
参加  韓国、中国、台湾、モンゴル、日本(未定)

1、
場所  神式  壱岐団・一の宮 天手長男神社 郷ノ浦町柳田
       仏式 壱岐國・園分寺            芦辺町中の郷

1、壱岐国ルネッサンスの内容について
  (1)全国の国分寺・尼寺  16日:午前11時全国一斉に供養法要を行う。
  (2)原の辻遺跡にて、    17日:午前11時「古代賛歌の集い」歌手の加藤登紀子さん出演(
未定) 
  (3)全国一の宮        18日:午前11時全国一斉に大払いを行う

1、鎌倉の延覚寺(元冠の慰霊のために建立された寺)の総長出席(
未定)

1、松浦鎮信公の子孫の出席(未定)  

1、茶道の表千家、裏千家:の家元出席(未定) 

1、
倭舞の舞踊家・倭一ニ三さん(天手長男神社、国分寺にて奉納舞、原の辻)雅楽の奉納

1、モンゴル出身の大相撲力士の出席(
未定)

1、神官、僧侶ともに壱岐全島参加して行う。(未定)  


 
 (1)壱岐国心の祭典の意義       講師 社団法人日本移動教室教会理事長       入江孝一郎氏(
未定)

  (2)シルクロードの道と壱岐       講師 元一ツ橋大学 教授                 飯高節子氏(
未定

  (3)それぞれの国の民族衣装と芸能の披露、壱岐太鼓・舞踊の会(
未定

1、菊花展の開催(菊作りの愛好者に参加を呼び掛け開催)(
未定)

1・..広報担当   壱岐観光協会・篠田氏、東京雪州会副会長 竹富氏.(未定)

1、参加総人数、 壱岐島外から約
3千人程度を予定(受げ入れ態勢の充実、壱岐観光協会など)

1、その他天手長男神社・天手長姫神社・国分寺の清掃、環境整備を行う。

                       (案)

1、
主催   壱岐国ルネッサンスの会

1、
後援   長崎県・芦辺町・石田町・勝本町・郷ノ:浦町、各町商工会・壱岐郡農協・壱岐郡内各漁脇

        ,各婦人会、各地区青年部、壱岐郡観光協会、民宿組合、ライオンズクラブ、ロータリークラプ

        ロークリーアクト・ソロプチミスト、東京雪州会、各地区壱岐人会、壱岐茶道会、花道会、

        壱岐島の科学研究会、島内各新聞社、島外の各新聞社、壱岐郡神道会、壱岐郡仏教会、(
夫定

        全国一の宮巡拝会(
未定)  (財)日本移動教室(未定)・全国一の宮、(未定)

        JTB、近畿日本ツーリスト、(
未定) 全国の国分寺・尼寺の会(未定

        NHK ドキュンシト番組製作部(プロゼェクトX)(
未定)

   啓蒙運動として、壱岐にて2月2日にふれあいセンターの北島三郎公演のときにサブちゃんに一の宮の話をおりこんだ話を未定

     準備は 着々と進み始めています・・・ご理解・ご協力・応援に感謝いたします