笑顔でベストを尽一す
上廣榮治(うえひろえいじ)
記念写真を撮るときに「はい、チーズ」などと声をかけることがよくあります。皆が揃って笑顔になるためです。笑顔をつくると心まで陽気になって、写真の仕上がりも明るくなります。
笑顔は脳をリラックスさせるだけでなく、免疫力を高めるなど身体にもよい効果をもたらすことが知られています。たとえそれが自然に出た笑いではなく、意図して笑った場合でも、笑いが心身に与える影響に大差がないということは、科学的にも証明されているそうです。
たとえば、気持ちが沈んでいるときでも、笑いながら「ヤッタi」と言ってガッツポーズをすると、身体は「ガッツポーズをするのは、うれしいことがあったからだ」という記憶に基づいて反応するのだそうです。胃弱の友人が、胃の痛いときには口角を引き上げてニヤリと笑うと痛みが治まると言っていたのも、同じことでしょう。
つまり、笑いは心にも体にも、よい影響を与えるのです。ところで、今年の夏も甲子園では高校球児たちが熱戦を繰り広げましたが、それは予選の県大会でも同じです。とくに、石川県大会の決勝戦の大逆転劇は大きな話題になりました。子どものころ野球少年だっ
た私も、テレビのニュースを見て少なからず興奮しました。それは星稜高校対小松大谷高校の試合でした。後攻めの星稜高校は八回まで、わずかヒットニ本に抑えられ、八対○と大量リードを許していました。最終回の表、外野にまわっていた工ースの岩下投手が再登板し、相手チームの打者三人をすべて三振にうち取って、笑顔でベンチに戻ってきました。
その笑顔を見た林監督は「そうだ、笑おう。笑えば前向きになれる。自分たちの野球ができる」と思ったそうです。監督が選手たちに「笑っていこう」と声をかけると、皆の顔に笑顔がはじけました。実は、甲子園を目指して皆で考えた合言葉こそ、「必勝」をもじった「必笑」だったのです。
九回の裏、最後の攻撃。笑顔を取り戻した星稜ナインの動きが変わりました。先頭打者が四球で出塁して連打で得点を重ねて、好投の山下投手をマウンドから降ろしました。交代した二年生の木村投手も流れを変えることはできずに打ち込まれます。あっという間に打者十三人の猛攻で一挙に九点、星稜高校が逆転優勝を飾ったのでした。
ふつう八対○まで点差を広げられたら、いくら元気を装っていても、心のどこかに「もう負けだ」という諦めの気持ちが出てくるものです。おそらく点を取られるたびに笑顔を忘れ、自信を失い、集中力も散漫になっていったことでしょう。しかし、星稜ナインは最後の最後で、「必笑」の合言葉を思い出し、笑顔になることで、いつもどおり試合を楽しむ心を取り戻すことができたのです。
選手たちはたしかに笑っていました。焦りや不安をまったく感じさせない底抜けに明るい笑顔でした。それは勝敗を超えて、まだ試合を楽しむことができるという笑顔でした。九回裏、星稜ナインは絶体絶命と思われた前途に小さな明かりを灯すたびに、笑顔がはじけ、気分はますます高揚して、実力以上の力を発揮できたのです。
このとき、チームを一つにしたのは言葉ではなく、まさに笑顔でした。広いグラウンドでは、声を掛け合っても応援の声にかき消されて届かないこともあったでしょう。しかし、笑顔をナインすべてが共有し、互いを奮い立たせる力になったのです。
もちろん、笑顔になれば必ず逆転できるわけではありません。しかし、持てる力を存分に発揮することはできるはずです。選手たちにとっては、勝ち負けよりも、そのほうが大切だったに違いありません。
笑いの効用はいろいろありますが、なんといっても良好な人間関係を築くためには欠かせない行為です。また、笑うことで心はしなやかになり強くなります。笑顔は苦しさに堪える力を与えてくれます。腹が立ったときにも、笑うことで怒りは静まります。ネガティブな感情をポジティブな感情に変換するスイッチ、それが笑顔なのです。
物知りの会友が教えてくれました。中国には一笑一若、一怒一老」ということわざがあるそうです。それは「一度笑うと一つ若くなる、一度怒ると一つ老いる」という意味でしょう。ストレスを研究した有名な心理学者ハンス・セリエは、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しくなるのだ」と、逆説的な言葉を残しています。
たしかに、悲しみをこらえきれずに泣き出すと、悲しみがどつとほとばしり出るというのは、よくわかります。この逆説は笑いについてもあてはまります。「愉快だから笑うのではない。笑えば愉快になる」、そう言ってもよいと思います。まさに、私たちの「上機嫌の実践」も、まず笑顔になることから始まります。
おかしくなくても笑顔、辛くても笑顔、怒りたいときこそ笑顔、これが秘訣です。「おかしくないのに笑うなんて不自然だ」と考える人もいるでしょう。しかし、笑うことで愉快な気持ちになって心が和らぐならば、それも自然な成り行きです。
言い換えると、笑顔で行動することによって、行動が笑顔に合ったものになってくるのです。まず笑顔になってしまうことで、前からずっと笑顔でいたような気分になる。そうなるとしめたもので、それから後は、自然と笑顔になれる行動を取るようになるのです。
この原理を活用しているアスリートも少なくないようです。試合の直前、緊張で最も強張(こわば)ってくるのが
顔の筋肉なのだそうです。だから、顔の筋肉をゆるめるために笑顔になるというのは理に適(かな)っています。今年の冬季オリンピック・ソチ大会でスキーのジャンプで銀メダルに輝いた葛西紀明選手も、インタビューに答えて「緊張していたのでジャンプの前に無理やり笑顔をつくりました」と語っていました。
「無理やり」笑顔をつくるというのは、まず「形から入る」ということです。「笑顔」という形を作ることで、内実がついてくるのです。剣道でも茶道でも演芸でも、日本の伝統的な芸道はみな、形から入ることで精神を整え、芸の道に精進してきました。
「上機嫌の実践」も「上機嫌」という形から入ることでは同じです。よく、「上機嫌になるにはどうしたらよいのでしょうか」という質問を受けますが、これも「笑顔」という形から入ればよいのです。笑顔が上機嫌の実践の最初のステップだと言ってよいでしょう。
そして、すべての物事をポジティブに、プラス思考で捉えることです。そうすれば、自然に上機嫌になっていきます。これで倫理の実践の準備ができました。そのうえで、「朝の誓」を精一杯に実践しましょう。あるいは「利他の実践」や「普及の実践」にベストを尽くしましょう。必ず成果がついてくるはずです。一日一日が楽しく輝き出すはずです。
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