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  第六回 朝日新聞はなぜ日本人を貶めるのか
    
                                高橋史朗(明星大学教授)

 「慰安婦」や「福島第一原発事故」に関する誤報など、事実を捻じ曲げてまで日本人の国際的信用を失墜させることに血道をあげる朝日新聞。その体質は占領期にさかのぼる・・・・

 朝日新聞は、8月5、6日付朝刊で、慰安婦問題をめぐる同紙の過去の報道に誤報があったことを認めたが、論点をすりかえて国際広報もせず、自らの社会的責任を明らかにして謝罪することもしなかった。

 事実と異なる報道によって日本人を貶めるというまったく同じ図式で、東京電力福島第一原発事故で現場指揮を執った吉田昌郎所長に対する「吉田調書」をもとに、「所員の9割が所長命令に違反して撤退した」と誤報した。

 実際には、所長命令に"従って"退避したにすぎない。しかし、朝日の誤報によって、世界中のメディアが「日本人も現場から逃げていた」「第二のセウォル号事件」と報じた。一体なぜ朝日新聞は事実を曲げてまで、日本人を貶め国際的信用を失墜させるのか。

 ★発行停止処分になった朝日新聞

 その謎を解くには、敗戦直後の昭和20年9月!8日から2日間、占領軍検閲によって「発行停止」処分を受けた経緯にさかのぼる必要がある。

 発行停止になったのは、9月15日付で鳩山一郎氏の談話を掲載し、鳩山氏が「原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷は病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反、戦争犯罪である」と批判、同17日付で占領軍上陸以来の米兵の暴行事件に言及したことが占領軍の逆鱗(げきりん9に触れたためである。

 敗戦の日の8月15日付朝日新聞は「玉砂利握りしめつつ宮城を拝しただ涙」との見出しで、「悲しき民族の歴史の日を慟哭する赤子われ……わが大君の尊き御姿のみ拝察せらるる畏さ、皇国の歴史……民草の上に厚き大御心を垂れさせられ……英霊よ許せ……私は立ち上がって『皆さん……』と叫んだ。『天皇陛下に申し訳ありません』それだけ叫んで声が出なかった」(一記者謹記)という記事を掲載している。

 また、翌日付にも皇居前広場の光景を次のように伝えている。「日本人である。みんな日本人である。……群集の中から歌声が流れはじめた。『海ゆかば』の歌である。……民族の声である。

 大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかった。」

 
★占領軍に媚び、自己検閲へ

 このように報じた朝日新聞が「反日」に転じたのは、前述した占領軍による発行停止処分が契機となり、事前検閲から事後検閲へと移行した昭和23年9月の社報で、同社の嘉治隆一出版局長が部下に警告した文書で次のように明記したことで決定的な社の方針となったといえる。

 「自由になった検閲制度の下
にわれわれが執筆し、編集する場合にも、やはり各自の心に検閲制度を設けることを忘れるならば、人災は忽ちにして至るであろう。事後検閲は考えようによれば、自己検閲に他ならぬわけである。油断と不注意から、野放図にハメをはずすならば、人災は他人事ではなくなるのである。」

 占領政策に最も媚びたのが「反日」報道が最も顕著な朝日新聞とNHKであった。NHKはラジオ番組「真相はこうだ」で、占領軍が書いた「太平洋戦争史」をアメリカ仕立てのセンセーショナルな演出で報じた。

 
★「反日日本人」の罪

 憲法をはじめとする占領政策を押し付けたアメリカに責任を転嫁して批判する傾向があるが、戦後70年を迎えようとする今日、もはやそのような責任転嫁は許されない。日米対立の単純な図式では捉えられない「反日日本人」の責任を徹底的に検証し、総括する必要がある。

 30年ぶりの在米占領文書の研究によって明らかになったことは、「教育の民主化」の美名の下に実行された占領下の教育改革をリードした民間情報教育局の幹部のほとんどは、戦時情報局で日本人の「精神的武装解除」を目的とする情報戦略(文化・心理戦略を含む)を遂行したプロの軍政官であり、情報戦略の根底には日本人の頭を切り換え、再教育し再方向づけるために仕組まれた「洗脳計画」があり、占領後に占領政策を継承し、拡大再生産していく「反日日本人」を活用して、背後から巧妙にコントロールしたという事実である。

 戦時中にアメリ力は日本の歴史、文化、伝統などに否定的な「友好的日本人」の数百人に及ぶリスト(共産主義者、社会主義者が多かった)を作成し、占領政策の協力者として「日本人検閲官」(約5千人)など民政官を含む各分野の人材として高給を与え(日本政府が支払った)、積極的に登用した。

 在英秘密文書により共産主義者が憲法制定や公職追放(約20万人)、戦犯調査などに深く関与していたことが新たに判明した。これらの占領軍と癒着した「反日日本人」の中には、有名な神社関係者、学者、進歩的文化人などが多数含まれており、戦後日本の言論界、学界、教育界、宗教界、労働界などをリードしてきた事実を直視する必要がある。

 占領軍と羽仁五郎が密議を重ねて作った日教組はその代表例である。戦後レジームから脱却し、日本を取り戻すためには、憲法の制定過程と占領下の教育改革において、共産主義者を核とする「反日日本人」とGHQ幹部がいかに連携し、戦後日本に影響を与えたか、という新たな視点に立って検証する必要がある。

 8月21日からワシントンDCで調査した最新の研究成果を次号で紹介したい。