会報第20弓 −の宮巡拝 平成16年4月1日
小説・全国「−の合」調元祖 橘 三喜 連載第19回 郡 順史 作:梶 鮎六 画 その伝令が三善のもとに駆けつけて来たのは、早朝も早朝、ようやく東の空が白みかけた寅の刻(午前四時) になったばかりの時刻であった。 まだ就寝中であった三喜は「手掛りらしきもの発見」との伝令の到着を知らされると同時に、飛び起きた。 「早いな−」 呟きながら急ぎ水をふくんだ手拭いで顔をぬぐい、伝令の待つ控え部屋へ向った。三喜の予想では、最初に発見の報知があるのは、十日ほどの後であろう、と。それがまだ二日目である。それだけ一生懸命に働いてくれている証であろうが、それにしてもというおもいが、つい呟きになったのだ。 伝令は十八・九の青年であった。肩ではげしく息をし、顔はもとより全身を汗みずくにさせたままで、三喜の顔を見ると大地に両手をつき、顔をあげて、「お伝えします。お伝え申し上げます。」と、怒鳴るように告げた。 彼は勝本方面に派遣された定番役・立石金吾の配下の、村人の中から使役として雇われた若者であろう。おそらく「急ぎの使い」と言われ、生まじめに勝本からここ住吉神社まで急ぎに急ぎ、駈け抜いて来たのであろう。 「ご苦労であったな。で、何を伝えに参ったのかな」 三喜は青年の前にこごんで、肩に手を置かんばかりにして、心を落着かせようとしてか、ゆっくりした口調で尋ねた。 「はい。立石様のお言葉をお伝え申し上げます。昨日浦本の野湯のあたりの小さな森林を探索しおりました所、枯れ倒木のあたりに妙な穴地のあるのを発言いたし、掘り起しましたところ、五尺ほど下より、古き、刀、刀剣が、刀がー」 青年の声はかすれ出した「そう急いで告げずともよい。誰か、水を汲んで来てあげなさい」 三喜は微笑しながら、今度は本当に青年の肩を軽く叩き、そばにいる者に命じた。 青年は一息ついて再び口を開いた。「刀は、ぽろぽろになっており、古きものか新しきものか、定番役様にもわからないそうでございます。ゆえに、ともあれご報告申し上げ、もしご差支えなくば、鑑定にお出むきたまわりたい、との事にございます。」 「ほう、ぽろぽろに朽ちた刀が、な」 三喜は坤くように呟いた。 もしかしたら奉納された神刀かもしれない、と思ったのである。神刀ならば有力な神座のあかしとなり得る. しかし発見された場所が気になる。 いやしくも壱岐の一の宮神社とあろうお社が、そんな海岸近くの森といっても小高い岡にすぎない場所に祀られるであろうか。人の心としてもっと中央の往き来に利便な所、場所を選ぶのが自然ではなかろうか。 しかしそうは言っても、その時の条件や事情によって人跡未踏の深山や、渓谷にだとてお社を造り祀らなければならぬ場合もあろう。よって頭から違う、ときめつけるわけにもゆかない。 それに一応も二応も神道に通ずる立石定番役の事であるから、神具の諸品にも心得があろうし、いかに朽ちてぽろぽろになっていようとも、新しいものであるならすぐに否定し、急使をもって鑑定など依頼してきはしまい。 行ってみよう。突嗟に決意した三喜は、「岡崎どの」 と与力の名を呼び、 「身共、これよりただちに勝本へ急行いたします。あとを宜敷く願います。ああそれから、ここな若者、よしなに労ってやってくだされ」 そう言うと三喜は、身支度をととのえると手足人二名を従え本陣(住吉神社)をあとにした。 その三喜の胸中には吉凶の二つの想いがゆききしていた。 むろん一つは、本物であってくれという願望、もう一点は、まず偽物であろうというあきらめであった。 (つづく) |
全国一の宮を完拝して |